更新日:2017年12月2日 19:10:43

■■■ 今後の活動予定&お知らせ ■■■


関東都市学会2017年度秋季大会を開催します】

■ 開催日 : 2017年(平成29年)12月3日(日) 

■ 開催地: 東京都江東区

■ 主催 : 関東都市学会    

■ 会場 :森下文化センター3F第3研修室および清澄白河界隈
※ 会場詳細については、こちらを参照ください。

■ プログラム
【大会ワークショップ】 清澄白河 〈下町〉のリノベーション
12:40 受付開始 (受付場所および会場:森下文化センター3F第3研修室)
13:00 開会/開会挨拶  関東都市学会会長 熊田俊郎(駿河台大学)
13:05〜13:50 街歩きインストラクション/コーディネーター 下村恭広(玉川大学)
13:50〜15:30  街歩き (実際に清澄白河の街に出ます)
※ 清澄白河街歩きマップ(街歩き時に使用します)はこちら
15:30〜17:00  ディスカッション (会場:森下文化センター3F第3研修室)
※ ワークショップ後に懇親会を開催いたします。場所・会費等の詳細は未定のため、ご出欠は当日お伺いしますが、参加予定の方はできるだけ事前に事務局にメールをいただけますと幸いです。

■ 解題
ワークショップテーマ :清澄白河 〈下町〉のリノベーション
下村恭広(玉川大学)
 老朽建造物の改修と再利用について、リノベーションという語の使われる機会が増えている。リフォームが新築当時の価値の維持のための改修であるのに対して、リノベーションは古い建物から新しい価値を引きだすための改修である。近年はさらにリノベーションまちづくりやエリアリノベーションなど、建物単体にとどまらず地域再生の意味も含まれるようになっている。これらは学術的概念というより、ある特殊な市場の成立発展と結びついたバズワードとしての側面が濃い。そのため、その語が提起している都市の認識を理解するには、実際にリノベーションが進められている事例について、そこに固有の文脈と照らし合わせて吟味する必要がある。
 秋季大会では、以上のような観点を踏まえ、東京都江東区清澄白河に生じている近年の変化に注目し東京の〈下町〉の変貌の一環として、リノベーションの過程を捉えてみる。長く人口減少が続いたこの地域は、今世紀に入ってから地下鉄が開通したことを転機に、人口増加が始まっている。その転機は同時に、アートギャラリーやサードウェーブコーヒーの進出に象徴されるような変化を伴うものであった。


【第65回日本都市学会福岡大会について】
 第65回日本都市学会福岡大会は、日程が2018年10月19日〜21日に変更になりました。お間違えの無いようご注意ください。

【2018年3月研究例会 報告者募集】
 2018年3月4日(日)午後に開催される、2017年度第2回研究例会の報告者を募集いたします。報告をご希望の方は氏名、報告タイトル、内容の概要(300字前後)を文書またはE-MAILで、関東都市学会事務局までお寄せください。2018年1月3日(水)を〆切とします。申し込みが〆切を過ぎる場合には事務局までお問合せください。

【2018年度春季大会 自由報告募集】
 2018年5月26日(土)を第一候補日として開催を予定しております、関東都市学会春季大会の自由報告を募集します。報告を希望する方は、「報告タイトル」「報告内容の概要(300字前後)」「報告者氏名及び所属・連絡先」を明記の上、2018年2月28日(水)までに関東都市学会事務局宛にご応募ください。応募は郵送または電子メールによるものとします。

【関東都市学会年報について】
 関東都市学会年報第19号は、2018年3月中に会員各位のお手元にお届けできる見込みです。なお、関東都市学会年報第20号への論文投稿の募集時期は2018年6月末となる予定です。投稿にあたっては、関東都市学会の研究例会・春季大会か、日本都市学会の大会や各地域学会での研究報告をお願いしておりますので、予め報告をご計画ください。


【2017年度会費納入のお願い】

 2017年度の関東都市学会年会費の納入をお願いいたします。これまでの会費納入状況と振込用紙を同封いたしましたので、お確かめ下さい。2016年度以前の年会費をまだ納めておられない方は、是非さかのぼって会費をお納めいただくようお願いいたします。なお、2年度以上にわたって会費を滞納された方は、関東都市学会から日本都市学会本部に向けて提出する年度ごとの会員名簿から自動的に削除され、「日本都市学会年報」及び「日本都市学会ニュース」等が届かなくなるといった支障が生じますのでご注意ください。また4年度以上にわたって会費を滞納された方に対しては、原則として除籍の措置をとらせていただきます。
会費支払と会員資格(関東都市学会及び日本都市学会)に関してのお問合せは、関東都市学会事務局宛まで文書あるいはe-mailでお願いいたします。

 
【お詫び】
 先般刊行いたしました年報第17号に誤りがありましたので、ご報告いたしまして訂正させていただきます。
 坂倉杏介氏・前野隆司氏・加藤せい子氏・林亮太郎氏・三田愛氏・保井俊之氏の自由投稿論文であります「インプット・アウトプット・アウトカム評価(IOO評価):都市における共助・協創のための縁づくり・場づくり支援NPO活動の業績評価手法の提案及び有効性検証」において、P81に掲載されておりました【図2】と【図4】が重複しておりました。
 以下に、正しい【図2】を掲載させて頂きます。訂正につきましては、関東都市学会ホームページおよび次号の年報第18号においても掲示をさせて頂きます。
この度は著者の先生方には、大変ご迷惑をお掛けいたしました。改めましてお詫び申し上げます。
今後こうした誤りのないように、校正体制を厳格にして参ります。
 今後とも関東都市学会年報へのご支援、ご協力のほどお願い申し上げます。

年報編集委員会 編集委員長
石神 裕之

 

正しい【図2】

 
【会長挨拶を更新しました】
 2015年5月より、当学会会長に、熊田俊郎 駿河台大学教授が就任しました。これに伴い、「会長挨拶」を更新しました。

 
【日本都市学会年報に関するページを公開しました】

 2013年度から、日本都市学会年報担当事務局を、関東都市学会にて担当することとなりました。本HP内に、新たに日本都市学会年報事務局のページを加えました。日本都市学会年報については、こちらをご参照下さい。


■■■ 最近の活動報告 ■■■

 
【関東都市学会研究例会を開催しました】

■ 開催日時:2017年9月17日(日) 15:00〜17:30

■ 開催場所:早稲田大学戸山キャンパス 33号館3階第一会議室

■ 研究報告
(1)市町村議会機能の多様化と地域自治再構築の必要性−地方創生等をふまえた青森県内市町村議会機能のあり方に関する実態調査を中心にー
橘田 誠 (弘前大学客員研究員・法政大学大学院公共政策研究科兼任講師)
(2)リノベーションと都市構造
下村 恭広(玉川大学准教授)

■ 当日の印象記
関東都市学会研究例会 印象記              
杉平敦(帝京大学非常勤講師)
 台風迫る2017年9月17日(日)、早稲田大学戸山キャンパスで研究例会が開催された。
 第1報告、橘田誠氏の「市町村議会機能の多様化と地域自治再構築の必要性」は、全国一律の議会改革度調査で下位に沈んだ青森県内の市町村議会につき、同県市町村課の協力で行われた実態調査をもとに、実態に即した議会機能や地域自治の検討を求めるものであった。要旨は以下の通り。@確かに県内市町村では情報公開や住民参加が十分でない。Aしかし人口の少ない自治体は、議員報酬や政務活動費の乏しさ、兼業議員の多さ、市町村合併で住民の声が政治に反映されにくい現状など、一律の評価基準にそぐわぬ実態がある。Bそれらを踏まえ、議会機能と地域自治の仕組みを「融合」させる制度を検討すべし。
 会場からは、前半の調査結果と後半の提言の関連性、最後に提言された「融合」の具体像、その「融合」と議会制民主主義との相克、などについて複数名から質問があり、概ね次のような回答が得られた。@議会制民主主義は否定しないが、市町村の実態から必要とされる議員像は、都市部でのそれとは異なり、一律の評価が意味をなさない。Aそのため、全国調査からは見えない実態、そこで議員や議会が果たしている役割を可視化する必要がある。Bその上で、自助共助で運営される地域自治組織の一員として、議員が現場の人たちの声を政治に反映させる、そういう役割を議会機能に取り入れていく必要がある。
 今回の提言は、議会制民主主義の理想的な姿ではないが、地方の市町村議会の厳しい現状を踏まえた現実的な対応として大きな意義があるだろう。住民の声を反映させる他の選択肢と比較検討した上で、「融合」の具体的なイメージを示していくことが期待される。

関東都市学会研究例会 印象記
猪瀬雄哉(常磐大学大学院博士後期課程研究生)
 第2報告は、下村恭広氏の「都市研究におけるリノベーションをめぐる問題圏」であった。これはリノベーションをめぐる問題関心の付置を整理した上で、都市研究にとってのリノベーションの意義を検討するものである。近年、老朽建造物の改修と再利用について「リノベーション」という用語が地域再生も含め使用されるようになった。本報告は今秋実施予定の関東都市学会秋季大会の企画に関連する報告であり、会場では老朽建造物が改修された様子の写真が多数紹介された。営利事業としてのリノベーションは事業の進め方の標準化が達成されることで成長を遂げるが、本報告では、そのような傾向に対して個々の事例の多様性に視点をあてることの必要性が提起された。その上で、様々なリノベーションの展開を生み出す要因として、「@都市構造変動」、「A老朽建造物の審美化」の2つの要因を検討している。
 会場からは、「リノベーションと結びつく諸事象の整理について収益性と公共性の両立している点がリノベーションの目新しさを印象付けている」との感想があった。一方で、「収益性を前提とした民間の人々の考え方と公共性をどのようにマッチングさせていくのか」という質問があり、「人々の老朽建造物に対する価値観の構造的な把握が必要」との回答があった。下村氏はリノベーションを収益性や公共性だけでなく創造性(価値創造としての再利用)の領域も兼ねて整理している。この3つの領域にまたがるリノベーションは地方の中心市街地活性化等、今後の地域再生のまちづくりにおいても非常に興味深い考え方であると言える。他に「老朽建造物の災害時の防災対策に関する議論はどのように進んでいるか」という質問が出たが、リノベーションにおける地域の防災を高める動きに関しては現段階で未調査であり、その点も含め、今後の更なる追究に期待したい。

 
【関東都市学会春季大会を開催しました】
■ 日時:2017年5月27日(土) 12:30〜17:45
■ 場所:跡見学園女子大学文京キャンパス 2号館3階 2301教室
■プログラム
□ 自由報告 12:30〜12:55
Bayansan Purevdolgor(高崎経済大学 大学院地域政策研究科)
「モンゴルにおける観光産業による地域振興 ウブス県を事例として」

□ シンポジウム 13:00〜16:20 
【テーマ】市民参加型政策形成における都市学会の役割
【シンポジウム趣旨】
研究活動委員長 下村恭広
 昨年の日本都市学会特別セッション「新しい都市学の成立を目指して」で問われたのは、都市学という学際的研究が何を主柱に成り立つのかであった。このセッションに向けた議論を通じて、学際性の要となっているのは、都市政策の実務家と研究者との橋渡し、その意味での学問の応用性であるという認識が深まった。春季大会のシンポジウムでは、この認識を踏まえて今後の都市学会のあり方を、さらに掘り下げる。
 都市学会は、高度経済成長と開発政策、それに伴う市町村合併や都市人口の急増のなか、都市政策の構想とそれをめぐる知識への需要に呼応して設立された。そのため、設立当時は実務家と研究者が交流できる場としての意味が大きかったが、その後シンクタンクのような調査機関が増えていくなかで、当初の役割を失っていく。
今日の都市政策の現場では、実務家と研究者とのつながりは新しい形で問い直されている。「地方創生」を受け、総合計画などの自治体の基本的ビジョンの策定において、行政計画やそれをめぐる知の生産に新たな需要を生みだしている。しかし他方で、中央官庁やそれと結びついたシンクタンクによって提示された手法でその需要が画一的に対処され、都市政策をめぐる知の集権的性格が強まっている。
 以上はこれまでの議論で言及された一部の事例に過ぎないが、現在学会が置かれている文脈を省みながら、今後の都市学会が果たすべき役割の展望を開いていく必要がある。そのためには、都市政策における研究者と自治体実務家だけでなく、市民セクターとの関係を検討しなければならない。今回のテーマに「市民参加型政策形成」を掲げたのは、この点を企図している。また、研究者と実務家の関係が、都市学会という場でどのように変わってきたのか、その移り変わりの記憶を学会として共有しておくことも求められる。
 このシンポジウムは以上の二点を論点とし、これからの都市学会の展望を深めるための、ひとつのステップとして位置づけたい。

【解題】
小山 弘美 (東洋学園大学)

【基調講演】
戸所 隆 (高崎経済大学 名誉教授)

【コメンテーター】
河藤 佳彦 (高崎経済大学)
熊澤 健一 (公益財団法人 科学技術広報財団)
平井 太郎 (弘前大学)

【共同討議 司会】
熊田 俊郎 (駿河台大学)
小山 弘美 (東洋学園大学)

□ 総会・理事選挙 16:30〜17:45

□ 懇親会 18:15〜20:15


関東都市学会 研究例会を開催しました】

■ 開催日時:2017年3月25日(土) 15:00〜17:30
■ 開催場所:東洋大学白山キャンパス 8号館2階8202教室

■ 報告
「若手研究者から見た実践と研究との接続」
小山弘美(東洋大学社会学部)・野坂真(早稲田大学大学院文学研究科)

■ ディスカッション
「市民参加型政策形成における都市学会の役割」を考える―春季大会に向けて

■ 当日の印象記
関東都市学会研究例会 印象記
山本匡毅(相模女子大学)

 2017年3月25日(土)に関東都市学会研究例会が東洋大学白山キャンパスで開催された。今回は、昨年度の日本都市学会特別セッションや、今年度の関東都市学会春季大会のテーマを踏まえ、「若手研究者から見た実践と研究との接続」が共通テーマとして設定された。
 第一報告は、小山弘美氏(東洋大学社会学部)から「研究者がどのように実践の役に立てるのか」という観点で行われた。小山氏は自らのせたがや自治政策研究所における特別研究員としての経験をもとに、都市社会学が政策と関わってきた手法を検討した。小山氏が研究所において、住民力としてソーシャルキャピタルを社会地図にまとめた時、地図が物議を醸しだし、問題化したことがあったという。住民力は個人のソーシャルキャピタルの集合であり、地域のソーシャルキャピタルを示したものではないが、住民の受け止め方は異なっていた。地域のソーシャルキャピタルは、日本では地域ごとに基準が異なるため、簡単には使えないと結論づけた。また小山氏は研究所でワークショップのコーディネータ、SPSSの研修講師、他所管課の政策立案支援にも携わり、その中で研究者の可能性として、対行政では個別的・創造的な解決、対住民では行政マンでは解決できない感情的・一時的な問題へ入る役割、住民対行政ではデータで緩衝剤役を果たせるとした。
 第二報告は、野坂真氏(早稲田大学大学院文学研究科)から「大槌町安渡地区の事例」に基づいて行われた。野坂氏によると、東日本大震災のような災害時の政策形成は、平時との連続性の中で潜在的な社会変化を顕在化させ、変化を加速するという。他方で災害時の特殊性として、災害時の政策形成の経緯の忘却、及び災害時の議論の経緯の忘却が進むため、災害時には協議を記録して積み重ねていくことが大切であるとした。大槌町安渡地区は、地域防災計画を策定する際に、町内会の役員、研究者、コンサルタントが連携して検討会を運営した。検討会において地域防災計画のルールを議論する中で、議論の分岐点が生じたという。この分岐点は議論の記録があるために確認でき、住民は次の災害の時に地域防災計画のルールの存在理由が分かるようになっている。このプロセスは、ボトムアップ型の政策形成や、政策形成における分岐点の記録などが評価できる一方で、政策形成の場に大規模な事業所がいかに関わるかや、復興施策において議論の忘却が始まっていることが課題として提起された。
 今回の二つの報告は、自治体シンクタンクや震災復興という実践の現場から考察であり、政策へ関与することを実践してきた都市学会の議論として刺激的であった。一方で、都市学会が市民参加型政策決定に関わる中で、自治体シンクタンクが行う市民研究員制度のように、政策決定に関与する人材育成を如何に行うのか、あるいは研究者が教育している学生が都市研究のフィールドワークを行う際に、政策決定へ如何に関わるのかという点は、議論されなかった。かかる議論の深化が2017年度関東都市学会春季大会で進むことを期待したい。


【関東都市学会2016年度秋季大会を開催しました】

■ 開催日:2016年(平成28年)11月27日(日) 

■ 開催地:東京都文京区

■ 主催 :関東都市学会/共催:日本都市学会

■ プログラム
□ エクスカーション(10:00〜12:15)
文京区内のまちづくり関連施設・史跡・午後のワークショップ参加者の活動の場所等を巡りました。
案内:関賢二(東洋大学参与・元文京区副区長)、安達毅(白山前町町会副会長)
主なルート:後楽園駅周辺→文京区民センター(フミコム)→菊坂周辺(旧伊勢屋質店=現菊坂跡見塾など)→源覚寺(こんにゃくえんま、小石川マルシェ会場)周辺→白山下地区(旧白山三業地)→白山神社→東洋大学周辺

□ ワークショップ「都心回帰後のまちづくり―東京都心における協働のまちづくりを目指して―」(13:30〜17:00)
会場:東洋大学白山キャンパス8号館2階8204教室
13:30〜 開会
13:30〜13:40  開会挨拶  関東都市学会会長 熊田俊郎(駿河台大学)
13:40〜15:10  事例報告とコメント
コーディネーター土居洋平(跡見学園女子大学)・西野淑美(東洋大学)
解題    西野淑美(東洋大学)
事例報告(1) 田邊健史(フミコム 活動支援コーディネーター) 
事例報告(2) 秋本康彦(白山神社 宮総代)
事例報告(3) 杉田幸一郎(会津屋/小石川マルシェ実行委員会)
コメント  関賢二(東洋大学参与・元文京区副区長)
       小山弘美(東洋大学)
15:10〜15:20  休憩
15:20〜16:45  グループに分かれてディスカッション
16:45〜17:00  全体でのまとめ

□ 交流会(17:00〜19:00)
会場:東洋大学白山キャンパス8号館1階研修室(立食形式)

□ ワークショップ解題
「都心回帰後のまちづくり―東京都心における協働のまちづくりを目指して―」
土居洋平(跡見学園女子大学)
 都市居住の新しい動向として都心回帰が指摘されはじめてから、既に10年以上が経過した。都心には超高層・低層問わず新しいマンションが次々に建設され、30代から40代とその子ども世代を中心に、都心の新住民が存在感を増している。こうした新住民の多くは高学歴で所得水準も高く、職住近接の利点を活かして、まちづくりに参加の意思がある場合も多い。一方で、都心の住宅地の場合、伝統的な自治会・町内会組織の活動も活発であり、様々な地域活動が自治会・町内会単位で行われている。また、近年の大学の都心回帰、あるいは大学に対する地域との協働や地域貢献への期待の高まりから、都心地域において大学が地域と連携して活動をする機会も増えてきている。
 このように、都心のまちづくりにおいては、新旧様々なアクターがまちづくりに関わるようになっており、現在、様々な形でその協働が模索されている。
 そこで、今回は文京区を事例に、学会会員はもちろん、区内のまちづくりに関わる町内会・自治会、新旧住民、まちづくり支援組織、行政、企業、そして大学等の諸アクターが集い、都心における協働のまちづくりのあり方について議論する場を設けたい。
 近年、関東都市学会や日本都市学会においては、新しい都市学の姿を模索するなかで、「都市学とは何か」ということが再検討されてきた。その中で、都市の現場に専門分野を超えて関わる場の存在が、都市学の成立にとって重要である点が指摘されている。
 その観点に立ち、従来の秋季大会でおこなってきたシンポジウム形式ではなく、参加者の発言の自由度が高いワークショップ形式で行い、都心における協働のまちづくりについて、その課題や論点、様々なアイディアを広く共有する場とし、新しい都市学の姿の一端を示す機会としたい。

■当日の印象記

<エクスカーション>
野村 一貴(東京大学大学院新領域創成科学研究科 修士課程)
 2016年度秋季大会のエクスカーションでは、関賢二氏(東洋大学参与)ならびに安達毅氏(白山前町町会副会長)にご案内いただき、文京区の協働の現場を、中間支援の体制と協働を媒介するコンテンツ、というそれぞれの視点から見学をおこなった。具体的には、文京シビックセンターを出発点とし、文京区民センター、旧伊勢屋質店、 源覚寺、 旧白山三業地、白山神社を経由して東洋大学白山キャンパスへ至るというルートを辿った。
 シビックセンターを出て最初に向かったのは文京区民センター内に設置されている文京ボランティア・市民活動センター(フミコム)である。2016年4月にオープンしたばかりの新しい施設であり、団体登録をおこなうことで活動室やメールボックス、印刷室などを使うことができる。田邊健史氏(フミコム活動支援コーディネーター)の説明によれば、社会福祉協議会の時には80前後であった登録団体数がフミコム設置後は160以上に増えたという。市民活動を進めていくうえでの障害となりうる所に焦点を当てた的確な支援体制が整っている裏返しといえよう。
 フミコムから数百m離れただけで、街の様相が一変する。古い木造家屋が軒を連ね、道幅は1mに満たない区画が並ぶ。菊坂沿いに、樋口一葉がたびたび通ったといわれる旧伊勢屋質店(菊坂跡見塾)がある。建物は国の登録有形文化財に指定されているものの、所有者が売却の意向を公表。一時は更地にして売り出すとの話もあったが、区の仲介をうけ2015年3月に学校法人跡見学園が購入、11月から一般公開が実現している。ここでは、解説だけでなく土を利用した防火設備や質札を再利用したハタキや襖などを目にする(更には、普段は非公開の店舗兼住宅2階部分も見せていただいた)ことで、建物が使用されていた明治〜昭和前期における生活の一端を垣間見ることができた。この一帯は戦災を免れたことで同じような建物が密集している地区であり、伊勢屋から菊坂を挟んで反対側の区画には樋口一葉の旧居跡も残っている。街並みからもその時代の生活文化が伺えるが、建物内部も見学できたことでより重層的に理解することができた。
 その後、小石川マルシェの会場となる商店街を経由し、白山一丁目のあたりに広がっていた三業地の跡地へ向かった。こちらも白山通りから一本奥に入っただけだというのに、木造家屋が数多く残っていた。とりわけ白山通り沿いは斜線制限の影響もあるのかビル化が顕著であり、より落差が際立っている。かつて三業地であっただけあって、黒塀を残す建物や、かつての石畳の名残であろう御影石がアスファルトから道の端だけ顔を出している風景が見られた。秋本康彦氏(白山神社宮総代)が説明するには、かつてはここ一帯に石畳が残っており、そこによく住民は打ち水をしていたという。路地のすべてが石畳の路地が残っていないか探してみたものの、この日のルートでは残念ながら見つけることができなかった。
 白山一丁目に向かうまでに歩いてきた白山通りは、下を三田線が通る前は都電が走っていた場所であった。道路幅も現在の半分であり、拡幅した側の本郷台側に並ぶビルの中には、連棟式建築を切り離して道幅を合わせたものも見られた。また、旧三業地では、セットバックで電柱が取り残されている箇所も発見したが、これは近い将来に三業地時代の建物が消滅する可能性を示している。常にまちづくりが進められてきた痕跡を目の当たりにし、残された菊坂界隈と消えてゆく三業地の文化資源の対称性に気づかされる。細い道幅は確かに防災上の観点からは不適切だが、ここで培われてきた生活文化を残すものとして、街並みが一体として維持されていることには特筆すべき場所性がある。しかし、仮に文化遺産としての価値判断がおこなわれたとしても、伊勢屋の例を挙げるまでもなく、民間で維持していくのには限界がある。ここでは、文化資源に対する行政のスタンスの一貫性、更にいえば、実体として残せずとも「地域の記憶」をどう継承していくか、という空間認識の一貫性が問われているものと感じた。
 街を実際に歩いて印象的であったこととして、想像よりも大きい地形勾配が挙げられる。シビックセンターから鳥瞰した際には大通りなどによって辛うじて推定できる程度であった地形も、歩いてみると急峻であることに気づかされる。これは、南西向きであるがための永年の凍結融解作用によるものか、基盤構造に起因するものか定かではないが、白山台側と比べても急峻であるように思われた。こうした地形の特質は、鳥瞰して読み取ることのできる土地利用の違いと組み合わせることで、歴史の中で培われてきた空間認識を浮かび上がらせる効果を持っている。一方で、どちらかでは不十分であるという点からして、現在の空間認識の断絶性が示されたのではないであろうか。
 今回のエクスカーションを通じては、文京区は協働の手がかりとなる豊富なコンテンツを有し、行政も支援体制を整えているという実態が明らかとなった。ただ、こうした生活文化を反映させた場所性と、中間支援の充実は同じ方向を向いていないように思われた。そして、それらが組み合わさって創出された「協働」とは生活空間を構築していく試みとして同じ方向を向いているのか、という点について今後明確にしていく必要性を感じるに至った。

<ワークショップ>
 ワークショップでは3つのグループに分かれ、報告者と大会参加者との間で様々な意見を交換した。以下、各グループでの印象記を記録係がまとめた。
【第1グループ】
杉平敦(学習塾講師・ヘルパー)
 西野淑美会員が司会となり、事例報告者の田邊健史氏への質疑を中心に議論が進められた。前半では、世代や在住期間などを異にする人々が協働することの難しさが主題となった。その中で、そもそも地域の活動に参加しない人々がいることは前提としておくべきこと、参加者の間でも目的や方向性を擦り合わせるには充分な時間と手間をかけなければならないこと、などが話し合われた。
 後半では、近年の都心回帰などの新住民増加による地域環境の変化に伴う地域活動の関わり方が困難になっていることが主題となった。地域活動の活動者からは、マンションに住んでいる方の情報が得られないので、参加への声かけが難しくなった、という悩みが生じている。新旧住民の双方が、地域活動の参加・継続の意義を見失いつつあるそうだ。解決策として、住民が様々な機会に気軽に参加でき、その後の活動継続は強制ではなく参加者自身が決めるという、緩やかなシステムを作ることなどが提案された。
 前後半の両方で田邊氏が強調したのは、コーディネーターには「活動を初めて知った人の目線(よそ者)による気づきの質問をかける」役割があることであった。都市における協働によるまちづくりには、社会状況の変化が大きな中で、地域活動に従事している方たちに、今の活動の価値について考えるキッカケを提供して、今の地域に必要な協働の可能性を拓く問いかけをしていくことが必要であるということである。

【第2グループ】
野坂真(早稲田大学大学院)
 事例報告者の秋本康彦氏(白山神社 宮総代)とともに、旧来からの住民と、大学生や再開発後にマンションなどへ移り住んできた「新住民」との関わり方について、小山弘美会員を司会に活発な議論が行われた。
 前半では、まず、秋本氏に質問する形で、文京区内にはおみこしを管理する町会や神社の氏子組織ごとにまとまりがあり、古くからの地域組織単位のまとまりが残る多様な特性を持つ地域であることが確認された。しかし同時に、地域行事を支えてきた商店(特に酒屋や米屋)が多く廃業していく中で、これまでとまったく同じように地域組織を運営していくのは難しくなっていることも確認された。次に、大学の都心回帰や再開発による高層マンション建設にともない、ある種の「新住民」との関わり方を再考する必要があることが課題として提起された。特に、地域と大学との関わり方は大きな課題で、アパートの家賃が高く学生が周辺地域に住んでおらず買い物をしないが、通学路として地域を通り抜けるため、両者のコンタクトは必要ではないかという意見が提示された。
 後半では、前半の課題を受け継ぎながら、さらに議論を重ねた。まず、具体的な地域行事の中で、どのように人々の関わりを活性化するよう工夫しているかを確認した。小石川マルシェでは地域の人々にお店の存在を知ってもらうことを重視していることや、お祭りでは若い人を取り込む様々な工夫がなされていることが確認された。最終的に、マンション住民には地域行事を通じ子どものころから「地域」に関心を持ってもらうこと、大学生には社会デビューの場として地域に出てくるよう教員が促すことが大事ではないかという展望が示された。特に後者は、各大学が真の意味での「都心型大学」になっていく上で重要な視点であるという結論も示された。
 かつて都区内の大学の多くでは、その周辺地域で学生と地域住民とが様々な関わりを持つ中で、「学生街」という個性的な雰囲気を持つ空間が形成されていた。そこでは、卒業生と地域住民との関係にも支えられた信頼関係が存在することで、一種の社会教育が実践されていたのではないか。地域および大学は、大学の郊外化の中で何を失い、また都心回帰の中で何を取り戻そうとしているのかを、もう一度問い直すべきときなのかもしれない。

【第3グループ】
畑山直子(早稲田大学)
 小石川マルシェ実行委員会の杉田幸一郎氏に加わっていただき、地元の商店や町会と、新しい住民の関わり方について、石神裕之会員を司会に活発な議論が行われた。
 杉田氏は、江戸時代から続く会津屋(漆器店からはじまり現在は食器を総合的に扱う)の11代目であり、2011年6月に開始した小石川マルシェを牽引してきたお一人である。杉田氏の事例報告では、小石川マルシェの取り組みや成果が紹介される一方で、地域に新たに参入した住民たちが、なかなか地元の商店で買い物をしないという現実も報告された。
このような「地元の商店と新しい住民の関わり方」という論点をめぐって、ワークショップでは、30代や40代の子育て世代を中心とした新住民たちが、日常的に地域の商店で買い物をするような仕掛けづくりについて意見が交わされた。いくつか出された提案に共通していたのは、「この商品をこの人から買いたい」という思いや、消費行動において「安心感」や「信頼」をもてることの必要性であった。言い換えれば、30代・40代のライススタイルに、安さや便利さとは異なる、さまざまな付加価値をつけるような取り組みが求められているということであろう。このように考えると、小石川マルシェの取り組みは、すでにその一つの方法を見せてくれていると思う。新住民が、自分たちの生活圏に商店があるということに気付き、生活の動線にそれを組み込んでいくようなプロセスが、「地元の商店と新しい住民の関わり方」において重要なのではないだろうか。

 最後に、各グループの議論の結果を全体に共有して会を閉じたが、その後の懇親会でも活発な議論が参加者同士でなされた。今回、本会大会では初めてワークショップ形式での意見交換の場を取り入れた。大会開催地域の関係者との意見交換をより深く行える新たな方法として、新たな動きを感じられる大会だったように思われる。

 
秋季大会・ワークショップの様子
 
【2016年度 第1回研究例会を開催しました】

■ 開催日時:2016年9月24日(土) 15:00〜17:30

■ 開催場所:早稲田大学早稲田キャンパス 8号館3階311教室

報告1 放射線治療施設の配置計画に関する研究
舩岡 伸光 (町田市役所都市づくり部地区街づくり課)

報告2 新しい都市学の成立を目指して
川副 早央里(早稲田大学文学学術院)

■ 当日の印象記
関東都市学会研究例会 印象記      
小山弘美(東洋大学)
 2016年度第1回関東都市学会研究例会が9月26日に早稲田大学早稲田キャンパスで行われた。まず第1報告として、舩岡伸光氏(立命館大学大学院・町田市役所)による「放射線資料施設の最適配置に関する研究」の発表があった。舩岡氏の研究例会での報告は3月にも行われており、その発展的研究成果の報告が期待されるところである。まずは、放射線治療の利点が示され、そもそも高齢者やがん患者が日本社会において増加している現状が確認された。放射線の治療体制の現況としては、地域により差がある点、放射線治療の体制と適用割合が相関していない点、今後放射線治療患者の増加が予測されるため、より一層の治療体制の整備が必要とされる点が指摘された。最後にがん治療の均てん化を目指すために、放射線治療施設の最適配置を考えるため、患者のアクセシビリティを考慮し、放射線治療施設までの距離について定式化したものが提示され、今後神奈川県を事例に最小値の算出を行うとし報告が閉じられた。発表後のフロアからの質問は、この研究の目的は何であるか、定式化することによって何がわかるのか、という大きな問題が指摘され、これに関わる細部についても質問が繰り返された。報告と質問のやりとりを聞いて、放射線治療を均てん化しなければならないという舩岡氏の思いはよく伝わったのであるが、研究が扱うテーマについての問題点や目的、結論の方向性や意義について、論理的かつ説得的な提示がなければ、発展的な議論につながらないのではないかとの印象を受けた。

関東都市学会研究例会 印象記
杉平敦(学習塾講師・ヘルパー)
 第2報告は、本年10月に開かれれる日本都市学会・岡崎大会の「新しい都市学を考える特別セッション」に向けての事前報告であった。川副早央里会員が代表して登壇した。
 本報告は「回顧と展望」をキーワードに都市学(会)の歩みを振り返りつつ今後の構想や課題を考えるものであった。そもそも日本都市学会が設立されたのは、当時の都市問題に対して学際的・実践的に取り組む必要があったからである。ならば、当時の都市問題に当たるものが現在の都市にも存在するか、(もし存在するなら)それらの問題には学際的・実践的なアプローチが今も有効であるか、こうした問題意識から検討が進められてきた。
 都市学会は、昭和30年代には「総合調査」として特定の都市を様々な学問分野の見地から調査し、40年代には「都市学の成立」をしきりに主張するようになった。そして、いずれの試みにおいても総合性や学際性が目指されつつ、それを充分に実現することなく、各学問分野からの成果が併置される結果になったという。そしてその状況は、総合性や学際性への志向が当時ほど明確ではない今日においても、なお続いているといえよう。
 確かに、都市や学問を取り巻く環境が当時とは大きく異なる今日、都市学に求められる役割は以前と同じではありえない。しかし、この人口減少・高齢化社会においてこそ、かつて目指された学際的・実践的なアプローチが意味を持つのではないか。こうした意識から、本報告では今後の都市学が取り組むべき課題として、以下の3つを示した。開発で顕在化する貧困・格差問題の深刻化、災害と危機、そして、地域・都市のかたちである。
 これに対し、会場からは数多くの質問や指摘が出された。まずは、かつて行われた「総合調査」の実態や、かつて目指された「都市学」の構想、都市学会の姿勢の時代毎の推移など事実関係の確認があり、それらを踏まえた上で学際的・実践的アプローチの意義が再確認された。その他には、専門性の純化を求める声に抗い総合性を目指すことの意義、そうすることでしか解決できない諸問題の存在などが指摘された。つまり会場からの声の多くは、都市学の方向性としての学際性・実践性や総合性への志向を擁護するものであった。
 とりあえずは都市学会の内部でこうした取り組みへの賛同が得られたことを喜ぼう。しかし、それが学会の外部に対してどの程度の説得力と有効性を持つものかは厳しく検討されなければならない。特に、報告の中でも触れられた実務家との協働などについては、実務家の参加が減少し研究者が大部分になりつつある都市学会の現状を省みる時、彼らの参加を再び促すために何が必要であるか、学会を挙げて考察を深めていく必要があるだろう。

 
【関東都市学会2016年度 春季大会を開催しました】

■ 日 時 2016年5月21日(土) 13:00〜17:40

■ 場 所 専修大学神田キャンパス 5号館4階 542教室

■ プログラム
□ 自由報告(13:00〜13:50)

廣部恒忠(明海大学)
「生活保護率などの労働統計指標に基づく地理空間的相関分析」

金子光(明海大学)
「都市政策と会計検査院−東京五輪(2020)に向けた都市の創生を事例として−」

□ シンポジウム(14:00〜17:00)
「誰のため」「いかにして」の景観論を超えて―美観論争なき丸の内の再開発 
【企画趣旨】
若手研究会(杉平・川副・畑山・宝田・野坂・細淵)
 近年、都市の景観をめぐってさまざまな議論が蓄積されてきている。1990年代に各自治体で景観条例が次々に整備され、2000年代に「景観三法」が制定されたことはその一例である。また、「何が『よい景観』なのか」「『よい景観』をいかに保護するか」をめぐって、住民による景観保護運動も各地で展開されている。
 しかし同時に、1990年代末の「都市再生」以降、過去に類を見ない大規模な景観の刷新が、各都市の既成市街地で一挙に進む事例も増えてきている。本来であれば、その街の景観を共有する各主体間の対立や論争があって然るべきであるが、それが見えにくくなっているとも捉えられる。つまり、「良い景観」なるものが、「誰のための」「誰にとっての」ものなのかが、今や明確に見て取ることが難しいのである。この流れは、(特に東京周辺では)2020年の東京五輪までは続くのではなかろうか。
 こうした現状を受け、今回のシンポジウムでは、東京・丸の内を取り上げる。そのテーマは、従来の景観論でよく扱われる、「誰のための景観か」「どのような景観が良いのか」「それをいかにして実現するか」といったものではない。むしろ、「どういうときに」「どのように」景観が問題とされてきたかを問うものである。検討すべきは、景観をめぐる対立や論争が、実際には誰による何をめぐる争いであったのか、である。
丸の内は、東京駅と皇居に挟まれた伝統的な中心業務地区である。それ故に、ほとんどの土地が民間企業に所有されていながら、首都・東京の玄関口としての象徴的な役割を求められてきた。必然的に、同地の景観がいかにあるべきかについての議論は、今日まで散発的に繰り返されてきた。それが、ここ10数年の間で、大型化・超高層化が一気に進み、街区のヴォリュームやスカイラインは大幅に更新された。加えて、仲通りにはブティックなどのテナントが進出し、街区の印象も劇的に更新されてきている。
 今回、都市の景観を論じるに当たって、特に丸の内を取り上げる理由は幾つかある。まず、(1)今と比べて景観に対する市民の意識が希薄な時期に、2度も論争となった先駆的な事例であることが挙げられる。しかし先駆的であると同時に、(2)景観の判断の主体となるはずの住民が存在しない、特異な事例でもある。さらに、(3)他の街区との差異を減じる「普遍化」と、当該街区の固有性を強調する「特殊化」が同時進行している事例でもある。また、(4)潜在する対立が見えぬまま急速な開発を進める、1990年代末以降の「都市再生」の典型でもあると言えよう。
 この街区の景観論について、「歴史と現在」「言説と実践」を比較するのも興味深い。以前は各主体が各々の価値観を提示し、それらの間に対立・論争が散発していたものが、今では各主体が旧来の価値観を維持したまま、不思議な協調関係を保持している。また、特に東京都の景観行政を中心に、旧来の「象徴性」「威容」「統一感」という理想像が反復される一方で、実際には各主体の協調による過去に類を見ない景観の刷新が急速に進んでいる。つまり、主体間の対立構造が見えない中で進む未曾有の大規模開発、そして、他のどことも変わらない景観を創出する一方でその街の固有性を強調しようとする両義性において、丸の内は各都市の各街区で進む景観の刷新を見る上で、何らかの示唆を与える事例と言えるのである。
 はじめに、杉平敦が丸の内の景観変容について、現時点での各主体の景観概念・開発思想を中心に概説する。次いで、現状へ至る歴史的経緯について、松橋達矢氏からは国や都や諸企業など様々な主体が交渉し合ってきた過程として、中島直人氏からは市民・国民の景観意識・美観運動の観点から、それぞれご説明いただく。
 こうした3つの視座からの分析に加えて、吉見俊哉氏と近森高明氏から、コメントをいただく。同じ丸の内という街区を、時の権力が自らの威信を誇示する重要な舞台として捉えるか、他の街区と同じように無印化して気軽な消費活動に開かれていく場所として捉えるか、そしてそれらがどう関連するか、活発な議論が期待される。
【司会】
 野坂 真  (早稲田大学大学院)
【報告者】
 杉平 敦  (本会若手研究会)
 松橋 達矢 (日本大学)
 中島 直人 (東京大学)
【コメンテーター】
 吉見 俊哉 (東京大学)
 近森 高明 (慶応大学)

□ 総会(17:10〜17:40)

□ 懇親会(18:00〜20:00)

■ 印象記

2016年度春季大会自由報告印象記
岩武 光宏(東京交通短期大学)
 2016年5月21日(土)、専修大学神田キャンパス5号館にて、関東都市学会春季大会が開催された。
 自由報告は2本であり、まず、廣部恒忠氏(明海大学経済学部教授)による「生活保護率などの労働統計指標に基づく地理空間的相関分析」の報告が行われた。総務省統計データに基づき、我が国の生活保護率に関する地域間格差について、生活保護率を含む幾つかの労働統計指標を用いて、地理空間的相関分析による地域特性を統計的に考察したものである。なお、この場合の地域とは47都道府県を意味している。その結果として、空間的自己回帰性よりも空間誤差に拠るモデルシミュレーションの方が有意に妥当であり、生活保護率格差は、完全失業率、持ち家率、高齢夫婦世帯比率の3要因のみの格差評価に拠って、良好な予測モデルが構築できることが分かったと示している。このような研究の場合、地理的集計レベルが重要になることにくわえて、生活保護に関する行政上の窓口対応による地域間格差はデータからは読み取れない領域であることも指摘されよう。すなわち、マクロとミクロの接合部分であり、デリケートな部分でもあるため、データ上で正確に反映されるものとはいいがたい。しかし、地理空間的相関および空間的依存性の傾向について、空間統計学および空間計量経済学的アプローチによる検証という最先端の手法を用いて分析を行なうことは野心的であり、この手法を用いることが本研究における最大の意義と考える。今後はシンプルかつ明確にして政策立案上で貢献度の高い因果関係の抽出が求められよう。
 つぎに、金子光氏(明海大学経済学部准教授)による「都市政策と会計検査院−東京五輪(2020)に向けた都市の創造を事例として−」の報告が行われた。2020年の東京五輪に向けて、都市の創造が進められ財政支出が増加する一方で、政府は財政再建を進めながら2020年のプライマリーバランス黒字化という現状における二律背反的目標を掲げている。そのため、予算編成のイノベーションをどのように展開すべきか、重要かつ喫緊の課題である。本研究では、1964年の東京五輪、さらにアメリカの会計検査院の事例から学びつつ、オリンピックと行政改革・予算編成のイノベーションの関係を多面的に整理し、2020年の東京五輪を予算編成の新たな展開の契機とするための可能性と課題を明らかにすることを目的としている。とりわけ、浅見(2015)、中井(2015)、和田(2011)の先行研究を踏まえて、政策決定における地域住民(選手村の建設が予定される中央区)の関与について報告された。具体的には、選手村に関わる公共交通の課題(BRT導入の決定プロセス)における中央区・地域組織・住民などの多様なアクターの重層的な構造および相互の複雑な連携・調整の関係を明らかにしている。このように「選手村」をはじめとしたオリンピックへ向けての都市創造は一過性のものではなく大会後のレガシーを見据えての長期的なものが求められよう。そのためには、第一次臨調と都市政策の今日的意義の抽出は不可欠なものであり、「東京五輪と都市創造」「東京五輪を契機とした財政再建」という2つのテーマは車の両輪の如く進展すべきであろう。今後のさらなる研究を待ち、オリンピック前後を見据えた都市における持続的な政策立案に大きく寄与することを願うものである。

2016年度春季大会自由報告印象記
長谷川 圭亮(日本大学文理学部学生)
 2016年度関東都市学会春季大会は駅からもアクセスのよい専修大学神田キャンパス5号館4階の542教室で行われた。
 自由報告の第一報告は、明海大学の廣部恒忠氏による「生活保護率などの労働統計指標に基づく地理空間相関分析―空間誤差モデルなどによる地域間格差の特徴についてー」であった。本報告では、最初に研究の目的が述べられ、総務省統計データに基づき、日本の生活保護率に関する地域間格差について、生活保護率を含めたいくつかの指標を用いて、地理空間的相関分析による都道府県別の地域特性の統計的考察を行うということが述べられた。その背景として生活保護率は地理的に見てかなり大きな地域間格差が存在し、生活保護に関する地域研究とりわけ地域間格差を扱った実証研究は希少であること、生活保護率格差に関して、有意な影響を与えている要因等についてはまだ研究途上であることが挙げられる。研究の結果、生活保護率格差は、@完全失業率A持ち家率B高齢夫婦世帯比率の3要因のみが生活保護率格差に良好な予測モデルを構築できる点で影響を与えることが分かったと報告された。
 今後、3要因の数値の高低は一定の地域に偏ったものではない。(例として完全失業率が高いのに持ち家率が高いことなど)ので、どう数字を処理するかを意識するかという点に関して期待したい。
 第二報告では明海大学の金子光氏による「都市政策と会計検査院―東京五輪(2020)に向けた都市の創生を事例として―」であった。本報告では、オリンピックと行政改革・予算編成の見直しの関係を整理し、東京五輪(2020)を予算編成の新たな展開の契機とする可能性と課題を明らかにすることを目的とした。都市マネジメントの持続において民間主体も連携(浅見,2015)、地域の合意形成が不可欠(中井,2015)という先行研究を踏まえ、選手村建設予定地である中央区を事例に取り上げた。第一に公共交通決定プロセスとしてBRTの導入、第二に選手村モデルプランが挙げられる。選手村は大会後、住宅棟として利用されるが、管轄部署が数多くあり、総合性の確保が課題である。この課題から中島(2016)のビジョンプランが見えにくいとの指摘に対し、強いリーダーシップが求められるという。東京五輪(1964)の教訓として政策の総合調整と住民参加の行政を進めていくことが求められる。今後の課題としては都市基盤の整備のほかプライマリーバランスの黒字化に向けての予算編成の見直し、オリンピックと財政再建の両立が予算編成の見直しを育み、それを持続可能な財政の構築へつなげていくことが示され発表を終えた。
 オリンピックというビックイベントによってスウェーデンの国家予算に匹敵する予算を持っている東京都でも財政に大きな影響を与えることは言うまでもない。今後の展開としては、東京オリンピック計画は政治的に最近、流動的であるので、多くの観点から研究が出てくるであろう。
 都市学の観点では、都市という空間でも産業や社会保障、ビッグイベントや行政予算といった多様な枠組みから分析できることが改めて明らかになった。今回は地理学や経済学からの視点だったが、他分野にも応用でき、幅広くものを見る学問が都市学だと考える。

2016年度春季大会シンポジウム印象記
川副 早央里(早稲田大学文学学術院)
 自由報告に続いて、春季大会シンポジウム「『誰のため』『いかにして』の景観論を超えて―美観論争なき丸の内の再開発」が開催された。この企画は、杉平敦氏を中心に若手研究会として構想してきたものである。筆者も若手研究会の一員として本シンポジウムの企画段階から参加してきた。
 通常は、大規模地域開発や景観刷新が進む際には、各主体間がそれぞれの価値観を提示し、それらの間に対立が生じることが多いが、丸の内は業務地区という性格が強く、住民不在の地域である。そして、歴史的には美観論争が繰り広げられてきたにもかかわらず、昨今の大規模な景観刷新では主体間の対立構造が見えにくい。こうした問題意識から、今回のシンポジウムでは、「誰のための景観か、どのような景観が良いか」といった従来の景観論ではなく、「誰によって、どういうときに、どのように景観が問題とされてきたか」という景観論争が生まれる社会的政治的状況に焦点を当てることにした。
 解題兼第一報告として、杉平敦氏(若手研究会)から、60年代と80年代における景観論争では「官民対立」構造のなかで起こったが、90年代以降は官民それぞれの主張自体はほとんど変化がないものの従来の対立構造が表面化することはなかったこと、そして景観配慮の重要性だけは共有され、実際の景観の保存・復元の対象・理由・方法はバラバラであるとの現状が報告された。第二報告では、松橋達矢氏(日本大学)が戦後の丸の内の景観論争の系譜をI〜V期に整理し、時代ごとに異なる主体によって異なる論点が争点とされてきたことが詳細に解説された。第三報告の中島直人氏(東京大学)は、大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり懇談会の結成が官民の協議を可能とし、景観がオフィシャルかつ丁寧に議論される仕組みが作られたにもかかわらず、審議会での議論が見えにくいこと、協議の前提に既定の都市計画諸制度等があるため大きな方針に関する議論は起きにくいこと、路上レベルのオープンスペースに協議の重点が移行していることから、各主体間の対立や論争があってしかるべきという齟齬が生まれているとの指摘があった。
 「『誰のため』『いかにして』の景観論」を超えた議論として、今回のシンポジウムでキーワードとなったのは「時間軸」であった。コメンテーターの吉見俊哉氏(東京大学)は、まず、丸の内が住民不在のランドスケープだとすれば、誰にとっての景観なのかを問い続ける必要があるとの見解を示された。そのうえで、高層ビルはグローバル資本主義と直結していて交渉不可能な空間である一方で、いまの足下の風景とが交渉可能なものになってきているとするならば、自分たちの記憶、歴史、都市の時間を、どのようにその場の中に実現するのかが現実的な課題になるだろうと指摘された。また、近森高明氏(慶応義塾大学)は、丸の内は、都市間競争を背景にブランド化戦略を取る一方で没個性化が進行しているが、そもそも開発戦略のなかにモール化という批判的な視点が組み込まれているため、「街がつまらなくなっている」という批判が無効化されやすい地域であると分析された。そのうえで、世代がごとに異なる都市体験があり、その複数のオーセンティシティを共存させていく可能性を考えることを提起された。
 従来は市民参加や住民主体のまちづくりという観点での景観論が多かったなかで、丸の内が上記のような景観論の変遷を経験してきたことは、住民不在であり皇居や東京の玄関という象徴性を持っている丸の内の特異性ゆえかもしれない。しかし、景観配慮の重要性だけは共有されながら、景観保存・復元の対象理由方法がバラバラであることは、丸の内だけに留まるものではなく、むしろ他の都市にも共通する現象である。「空間軸」だけではなく「時間軸」でも景観を読み解いていく、あるいは景観を作り上げていく―景観論の新たな方向性が示されたシンポジウムとなったのではないだろうか。


【2015年度 第2回研究例会を開催しました】

■ 関東都市学会 2015年度第2回 研究例会
■ 開催日時 2016年3月12日(土) 15:00〜17:30
■ 開催場所 公益財団法人後藤・安田記念東京都市研究所 5階第1会議室

□報告1 
北陸新幹線開業による上越市の影響と今後のまちづくりに関する考察
―市民アンケートなど各種調査の分析結果から―
平原謙一(上越市創造行政研究所)

□報告2 
放射線治療施設整備に関する研究
舩岡伸光(町田市役所/立命館大学大学院博士後期課程)

□報告3 
パワースポットを取り入れた観光地域づくりの研究
内川久美子(法政大学大学院地域創造システム研究所/法政大学大学院博士後期課程)

■ 当日印象記

熊澤健一(公益財団法人科学技術広報財団)

 2016年3月12日土曜日、2015年度第2回関東都市学会研究例会が市政会館で開催された。
 第1報告は、平原謙一氏(上越市創造行政研究所)による「北陸新幹線開業による上越市の影響と今後のまちづくりに関する考察―市民アンケートなど各種調査の分析結果から―」である。上越市では昨年の2015年(平成27)10月30日(金)〜11月1日(日)に日本都市学会第62回大会が「新幹線を活かした地方都市のまちづくり」をテーマに開催されており、興味深い報告となった。
 平原氏の報告は、平成27年3月14日に北陸新幹線が開業し上越市に上越妙高駅が誕生して1年が経過し、その多面的な影響として主に交通環境の変化が市民の心理(意識)及び行動に、また都市構造にどのような影響をもたらしたのかついて調査・分析を行い、分析結果から今後のまちづくりの方向性について考察するものであった。分析結果からは、今後の新幹線を活かしたまちづくりの方向性として、新幹線駅までの二次交通の充実により、地域活性化を図るとし、観光よりも地域外(都会)との交流の促進に重点を置いた方向性が提示された。一方、課題として広域から中心市街地(直江津、高田)を経て上越妙高駅と結ぶ二次交通網の整備の必要性が提示された。同様にフロアからも二次交通のわかりにくさの指摘があった。調査期間が短いため都市構造の変化についての調査・分析対象が在来線の変化に偏っており、今後も継続して地域経済(産業)等への変化も視野に入れた調査に期待したい。
 第2報告は、舩岡伸光氏(町田市役所/立命館大学大学院博士後期課程)による「全国放射線治療施設の現状把握」である。放射線治療の地域別適用率を明らかにすること及び放射線治療体制の現況を分析し、地域特性を明らかにすることを研究の目的としている。地域別適用率ついては全国放射線治療施設構造調査及び地域がん登録資料を用いて算出、結果とし日本の放射線治療適用率の全国平均値は22.5%から23.3%で、欧米の60%と比べると低く、また地域別の適用率に最大約2倍の差があり、放射線治療の地域間の差があることを報告した。次に放射線治療快晴の都道府県別実態把握をがん診療連携拠点病院のデータを用いて基本統計量を算出し、その結果として治療体制は早急に改善する必要があること、また主成分分析を行い地域的特性の偏りがあることが報告された。フローからは報告で示された地域間の格差の数字をだれが活用するのか、治療体制を改善するとは等の質問が出され、舩岡氏より地域ごとの偏りを改善することにより、どの地域に住んでいても平等に治療が受けられるようにしたいとの回答がなされた。
 放射線治療の適用率がなぜ欧米と差があるのかとの問いに集約されと思うが、がん治療方法の選択(基準)によるものなのか、それとも施設数によるものなのか、治療体制によるものなのか、については今後の研究の進展に期待したい。
 第3報告は、内川久美子氏(法政大学大学院地域創造システム研究所/法政大学大学院博士後期課程)による「パワースポットを取り入れた観光地域づくりの研究」である。まず、先行研究等よりパワースポットの定義は曖昧であることを前提に、アメリカのアリゾナ州セドナの例を引き観光まちづくり視点での研究としている。背景として観光が、特定の都市へ集中していること、また来訪者の要求も多様化しており、その対応としてニューツーリズムが求められていることを挙げている。パワースポットについては、新聞記事として1992年に初出、以後マスメディアに多く取り上げられることにより一般にイメージが形成されたとしている。内川氏はインターネットを使った調査によりパワースポットに対する認知度が一般に高いこと、また新聞記事の特徴語の抽出と分析結果からパワースポットのイメージを導出している。さらに、パワースポットを取り入れた青森県の観光政策を事例として、パワースポットの選定において地域固有の歴史・文化の発掘・再認識につながり地域観光資源となる過程を、またパワースポットの対象となった事象・要素の調査・分析を試みている。報告に対しフロアからパワースポット効果とされている入込数に対して他の要因もあるのではとの指摘があった。また、パワースポットについて非宗教的としているが、宗教的起源をもつものもともたいものがあるなかで宗教的なものの事例の方が多いとの指摘があった。筆者には「地域ブランド」ブームも初出はメディアでありその後の経緯と内川氏の報告とが重なって見えた。パワースポットがメディア主導の一過性のブームに終わることなく、なぜ人がパワースポットを求めるのかについての調査・分析を含め今後の研究の深化を期待したい。

関東都市学会研究例会 印象記
石神 裕之(京都造形芸術大学)

 2016年3月12日、後藤・安田記念東京都市研究所(市政会館)において開かれた「第2回研究例会」について、雑感を述べたい。
 第1報告の「北陸新幹線開業による上越市の影響と今後のまちづくりに関する考察―市民アンケートなど各種調査の分析結果から―」(平原謙一氏/上越市創造行政研究所)では、昨年開業した北陸新幹線が上越市の観光・ビジネスなどの人的な動きにいかなる影響を与えたのか、考察が加えられた。従来の在来線を主体とした結びつきが、新幹線開業によって変化している様子をアンケート結果からは読み取ることができる。とくに上越妙高駅周辺から新潟市方面へ向かう交通アクセス性が低くなり、長岡・新潟市などが心理的にも「遠くなった」と感じる人が増えたことは興味深い。首都圏との直接的なつながりを感ずるようになることで、旅行やビジネスなどの活動につながる一方で、従来の日本海沿岸の地域的な連帯が失われる可能性も否定できず、地方都市間の交流が本当に進むのか疑問も残る。また医師の確保やイベント開催などの効果はあるというが、企業の移転といったより具体的な効果が十分に認められない点は気になるところである。
 第2報告では、「全国放射線治療施設の現状把握」(舩岡伸光氏/町田市役所・立命館大学大学院博士後期課程)では、ガン放射線治療に関する地域別の適用率を統計学的な分析から検討した。そもそも日本の放射線治療の適用率(29%)が世界的にみても低いという指摘は新鮮であった。その理由は発表後の討議でも指摘されていたが、そうした機器を扱う専門技師や医師の数が少ない点も影響を与えており、また個々の治療事例(ガンの部位・治療方針など)を加味しつつ、より詳細な「要素」の抽出と検討が必要であると感じられた。とくに主成分分析の検討要素に「資源(人的・設備)」を挙げたことで、医療体制の「充実度」だけが検討対象になってしまったきらいがあるように思う。地域ごとの粗密をみるよりも、医療の地域的な連携といった「充足度」を捉え、高めていくためのポイントを見出せるように、さらなる方法論の成熟を望みたい。  
 第3報告は、「パワースポットを取り入れた観光地域づくりの研究」(内川久美子氏/法政大学大学院地域創造システム研究所・法政大学大学院博士後期課程)であった。内川氏は冒頭でメディアでのパワースポットの取り扱い方を通して、人々のパワースポット・イメージを抽出するという手法を取っていたが、そもそもそれらはメディア自らが作りだしたものであり、本来的な人々のイメージを抽出したことにはならないだろう。氏は、パワースポットを地域活性化の資産としたいということが本来の目的であるようであり、それならば、創出される「伝統」とも言うべき、作られていく「聖地」(昨今ではドラマやアニメなども)の活動などとも絡めて、その創出のあり方を詳細に比較検討していくことが必要といえるのではないだろうか。
 
 
【2015年度 第1回研究例会を開催しました】

■ 日 時
 2015年9月26日(土) 15:00〜17:30

■ 場 所
 秋葉原ダイビル12階
 首都大学東京 秋葉原サテライトキャンパス 会議室B

■ プログラム
 報告1 訪日外国人の旅行先分布について―地域特性による考察
 廣部恒忠(明海大学経済学部経済学科教授)

 報告2 都市における域内分権の現状と課題
      〜区制度の混在と大都市自治拡充の視点から〜
 橘田誠(弘前大学客員研究員)

■ 当日印象記

2015年度 第1回研究例会印象記
須藤直子(早稲田大学)

 2015年9月26日土曜日、2015度第1回関東都市学会研究例会が首都大学東京秋葉原サテライトキャンパスで開催された。
 第一報告は、廣部恒忠氏(明海大学経済学部経済学科教授)による「訪日外国人の旅行先分布について―地域特性による考察」である。観光庁による「宿泊旅行統計調査」(2008年〜2013年)を用いて、日本を訪れる外国人の訪問先都道府県の特徴を明らかにし、特に出身地域グループ別の特化傾向が示された。例えば、アジア・オセアニア地域からの旅行客は、比較的短い滞在期間に観光地をくまなく周遊する傾向がみられる一方で、欧米諸国は予め目的地(滞在先)を絞った限定的な旅行になるという特徴があった。また、2008年から2013年までの変化として、福島県や宮崎県など特定の地域に関心が集まる傾向が強くなっているという指摘があった。これらの分析結果は、外国人がいかなる目的で訪日するのかという近年の動向を端的に示しており、各都道府県が観光に関する政策を進める上で有効なデータとなるといえよう。その一方で、フロアからの質問にもあったように、出身地域グループ別の特徴や傾向は、一体何に規定されているのかという点は興味深いところである。ぜひ今後のさらなる分析を待ちたい。
 第二報告は、橘田誠氏(弘前大学客員研究員)による「都市における域内分権の現状と課題〜区制度の混在と大都市自治拡充の視点から〜」である。まず、大都市行政の争点となってきた区制度について、明治期に遡って沿革を整理し、平成の大合併に至るまでの経緯が示された。その過程では、特別区の設置や「総合区」制度の創設など、区制度が混在していく実態があった。それを踏まえ、橘田氏からは、今後の大都市における域内分権は「市・区・地域」という3層をベースに制度設計をする必要性が提案された。この3層について、フロアからは多くの質問が寄せられた。例えば、「地域」とは、従来の集落や字を想定することができるのかというものである。また、「市」の団体自治を拡充するという方向性は、住民自治と両立しうるのかという質問もあった。これらの質問は、図らずも平成の合併の評価がまだ必ずしも十分に行われていないという批判あるいは反省を背景にしていると考えられる。大都市の今後の地域自治を考える上で、合併市が経験した新しい区制度のあり方を再検討することは不可欠であり、橘田氏の考察ならびに提案は、その再検討に大きく寄与するといえる。そして、フロアとの活発な意見交換も印象的な報告であった。

 【2015年度 関東都市学会春季大会を開催しました】

■ 日時:2015年5月30日(土) 12:30〜17:50

■ 場所:玉川大学 大学教育棟2014 6階 612教室

■ プログラム

○ 自由報告(12:30〜13:50)

インプット・アウトプット・アウトカム評価(IOO評価)―都市における共助・協創のための縁づくり・場づくり支援NPO活動の業績評価手法の提案及び有効性検証
坂倉杏介(東京都市大学)・前野隆司(慶應義塾大学)・加藤せい子(NPO法人吉備野工房ちみち)・林亮太郎(慶應義塾大学)・三田愛(リクルート)・保井俊之(慶應義塾大学)

藤田都市論の射程
高橋一得(関東学院大学) 

東京五輪(2020)の政策課題と都市政策
金子光(明海大学) 

○ シンポジウム(14:00〜16:40)
<テーマと企画趣旨>(企画担当:理事・研究活動委員 下村恭広)
・テーマ:市(いち)」の都市論 ― 仮設的社会空間の創造力
・企画趣旨
 ここ10年ほどのあいだ、「市 いち」と呼ぶべき新しい売買の場が増えてきている。たとえば「手づくり市」「クラフトマーケット」「クリエイターズマーケット」などと呼ばれるようなイベントや「ファーマーズマーケット」と呼ばれる定期市的な農産物直売会がそれにあたる。これらは様々な形態をとるが、次のような特徴を共有していると思われる。第一に、これらの売買の場が常設ではなく、何らかのオープンスペースを流用した仮設的なものであること。第二に、いずれも商品の生産者と消費者とが直接対面して売買をする場であること。時にそれは、既存の流通機構とは異なる経路での売買を志向していること。第三に、こうした売買の場が賑わいを生み出すため、地域振興(まちづくり)などの目的と結びついて開催される場合もあること。すなわち、純粋に経済活動に還元できない意義が込められている場合が多いことである。
 商店街、デパート、スーパー、コンビニ、ショッピングモールなど、都市の商業空間は時代によって様々な形態をとってきた。そうしたなかで「市」は前近代的で消えゆく存在として見なされていたが、1980年代以降のフリーマーケット文化の定着や、近年の新しい「市」の登場を踏まえると、実際には何が生じていると理解すべきだろうか。
 市場は、「しじょう」とも「いちば」とも読むことができるが、「いちば」もしくは単に「いち」と読むときは、多くの場合、経済的取引が実際に行われる場所や制度のことを指す。「いちば」が具体的な場所と切り離して理解できない点は重要で、都市論の対象となる由来は主にここにある。今回のシンポジウムでは「市」という空間の仮設性が現代都市で持っている意義を積極的に評価するとともに、それが何によって成り立っているのかについて考察する。
 「市」についてはこれまで経済史を中心に研究が蓄積されてきたが、近年は様々な分野からの都市論的研究が進んでいる。このシンポジウムでは、都市学会が学際的な議論の場であることを活かし、様々な立場からの「市」へのアプローチを試みる。はじめに石井清輝氏(高崎経済大学)には、東京都文京区の光源寺ほおずき千成り市ならびに台東区谷中を中心とする不忍ブックストリートを事例に、「市」をめぐる新しい局面について社会学的観点から論じていただく。次に厚香苗氏(立教大学)には、行商やテキヤなど伝統的な「市」の担い手について、民間伝承論・民俗学の立場から論じていただく。最後に初田香成氏(東京大学)には、戦後東京の闇市を事例に、近代以降の都市における「市」的なものとそれに着目する意義について都市史の文脈で論じていただく。

<登壇者>
・司会・解題:下村 恭広 (玉川大学)
・報告者
石井 清輝 (高崎経済大学)
厚 香苗  (立教大学)
初田 香成 (東京大学)
・コメンテーター
五十嵐 泰正(筑波大学)
内田奈芳美 (埼玉大学)

○ 総会・理事選挙(16:50〜17:50)
○ 懇親会(18:00〜20:00)

■ 印象記
2015年度春季大会自由報告印象記
杉平敦(東京大学大学院)

 2015年度関東都市学会春季大会は、玉川学園の誇る豊かな丘陵の入り口に程近い、大学教育棟2014で開催された。6階の教室からは小田急の線路を挟んで、その向こうの丘に重なり合う瀟洒な街並みを遠くまで望むことが出来た。
 第1報告は、坂倉杏介氏・前野隆司氏・加藤せい子氏・林亮太郎氏・三田愛氏・保井俊之氏による「インプット・アウトプット・アウトカム評価(IOO評価):都市における共助・協創のための縁づくり・場づくり支援NPO活動の業績評価手法の提案及び有効性検証」であった。本報告では、都市型の地域の場づくり団体を対象として、それらが地域住民の間のつながりを構築した成果を可視化して検証することが目的とされた。従来のインプット・アウトプット評価だけでなく、実際に「おこったこと(アウトカム)」にも着目することで質的な成果も可視化できるとして、国内外6都市でIOO評価のワークショップを開催した。結果は性別や年齢に応じて差があるものの、総じて参加者からは高い評価が得られた。自らの活動を客観視できたり、自己肯定感を持てたり、といったことによる意識の変容も見られたとのことである。会場からは、評価の対象となる団体の探し方・選び方についての質問があった。
 続いて、高橋一得氏の「藤田都市論の過程」という報告があった。藤田弘夫氏(当学会元会長、2009年逝去)の都市論は、領域横断的な記述から「都市社会学」を超えて「都市論」になったとされつつ、現在の都市社会学からは正当な評価・研究が為されているとは言い難い。そこで、その理論を詳細に再検討することで、射程と可能性とをあらためて明らかにすることが、報告の目的とされた。いかなる背景や周辺状況から「藤田都市論」が形成されていったのか、藤田氏自身の著作に触れながら、時に発言を思い出しながら、分析的に理解が進められた。その結果、藤田都市論は多様な背景知識や幅広い関心から形づくられたものであるが、シカゴ学派とは異なる都市社会学の遺産を継承した思想でもあり、現代の都市社会学にとっても多大な意義を有するものである可能性が示された。会場には藤田氏と直接の面識を有した人々も多く、ある時期に何故か「理論」ということについてあまり言及しなくなった藤田氏について、思い出深く想起するような指摘もあった。
 最後は、7年前と同じ玉川大学で、7年前と同じ金子光氏による、「東京五輪(2020)の政策課題と都市政策」であった。東京五輪に向けた都市創生については、国・東京都・中央区・地域組織など様々な主体が意思決定へ参画できる仕組みが必要であり、連携・調整のメカニズムの解明が急務とされる。その中で、選手村の設置が予定される中央区の晴海地区では、都市交通の整備が検討されているが、同時に五輪以降をも見据えた都市の構想が議論されている。活発に議論されているのはBRT(Bus Rapid Transit:連接バスや道路改良などで、輸送力と柔軟性を兼ね備えた、バスをベースとした都市交通システム)だが、路面電車や地下鉄など複数の選択肢もあり、財政の効率性や主体間の調整の結果として意思決定が試されることになる。このような背景の中での各々の主体の動きを分析し、今後の課題を指摘する内容だった。会場からは、BRTの概念が日本に導入された時、それが海外のものと全く異なるとして議論になった事情が紹介された。報告では東京都による説明をBRTの定義として用いていたが、これについても今後、検討が必要になるかもしれない。


2015年度春季大会シンポジウム印象記
川副早央里(早稲田大学大学院)

 大会の後半は、「市(いち)の都市論―仮設的社会空間の創造力」と題したシンポジウムが開催された。都市の商業空間がさまざまに変化し、「市」は前近代的で消えてゆく存在とみなされていたなかで、1980年代以降、神社の境内を使った市、素人・趣味による市、生産物を直接売買する空間など、「市(いち)」と呼ぶべき仮設の売買する空間が散見されている。今回のシンポジウムは、そうした近年の新しい「市」をめぐる動向に着目し、都市の社会・空間構造の検討と都市論再考に迫った企画である。
まず司会・解題を務めた下村恭広氏(玉川大学)は、近年の「市」は仮設的であること、生産者と消費者が直接対面で売買する場であること、経済活動に還元できない意義があるという共通した特徴があると述べ、「市」を「しじょう、いちば、いち」に分けて概念整理をすると、新しい市は「いち」の最新形態として位置付けられると解説された。
 第一報告の石井清輝氏(高崎経済大学)は社会学の立場から、近年各地で広がりつつある素人中心型の市の実態とその社会的意義について報告された。新たな形態の市には参加者同士の関係性のインキュベータ機能と参加者の地域参加への回路づくりという新たな社会的機能があること、そして素人型であることにより運営基盤の脆弱性、運営に関するノウハウの欠如、参加者の固定化という両義的特徴を持つことが指摘された。
 第二報告は、民俗学の立場から厚香苗氏(立教大学)からは、常設の前近代からの伝統的な市の担い手であるテキヤについて社会的原理や空間的編成、共有された規範など、伝統的な市が成立していた背景について解説していただいた。そのうえで厚氏は新しい市について、「一般の人々がよろこんで自発的に参加する(参加できる)ケースは歴史的にみると稀なのではないか」と指摘された。
 第三報告は、建築史の立場から初田香成氏(東京大学)からは、戦後東京に生まれた闇市の事例から、市的なものが都市の中でどのように社会的空間的に再編されてきたのかについてご報告いただいた。闇市は、特に高度経済成長以降、一見都市の表層から失われるものの、通奏低音として日本都市を規定してきた要素であり、都市のある種の普遍的活動と位置づけられると説明。ただし、吉祥寺のハーモニカ横丁など闇市横丁の現代的な再生が行われているなかで、再生されるのが空間なのか機能なのかが問われると指摘された。
 コメンテータには、まちづくりの現場に関わっておられる内田奈芳美氏(埼玉大学)と五十嵐泰正氏(筑波大学)を迎えた。大きな問いとして、内田氏からは、新しい市には主流の資本主義とは異なる交換形式の経済が見られるのではないか、今後考えられる第三の市の形は何かとの問題提起があった。その際に、ニューヨークのユニオンスクエアの事例を挙げ、「大資本による市場のふりをする市場」が出現し、大資本が望むブランド化によるジェントリフィケーションが進む動きがあることも紹介された。五十嵐氏は、柏市の「柏の手の市」に携わる経験をもとに、素人型の市が市民参加やインキュベータ機能の可能性を持つが、多様な市の形があるなかで参加者の多様性や公共性の水準をどのように捉えるべきかとの問いを提示された。
 報告者からはそれぞれ、大資本が素人型の市に入り込んでくる可能性はあるが、「儲けない」という主催者の意図を前面に出せるのが素人型の市の特徴である(石井氏)、雇用確保という点では、組織化された伝統的な市は低所得層が集まる都市部の下町において未だ重要な役割を持っている(厚氏)、伝統的な市と新しい市の動きだけ見れば対立するようにみえるが第三の動きを考えれば互いに学べるところもあるのではないか(初田氏)とのリプライがあった。
 3つの報告では異なる学術的立場から、異なる時代背景および主体による「市(いち)」のあり方が提示され、それぞれの報告及び事例が大変興味深いものであった。確かに時代や主体によって差異はあるが、都市の周辺領域に見られる「いち」的なものには時代や空間を超えた普遍的な営みの形があり、その都市のエネルギーや新しい時代の片鱗が映し出されるのだろう。シンポジウムのなかでは、資本の論理、まちづくりとの親和性、雇用問題、公共性の水準など、様々な論点が提示された。まさに都市学会にふさわしい学際的テーマであり、今後のさらなる議論の展開と深化に期待が寄せられたシンポジウムであった。今回は国内の事例に焦点が当てられたが、国外の事例との比較の可能性にも期待が高まる。尽きない議論は場所を懇親会の席へと移して引き続き行われた。

 【関東都市学会 研究例会 を開催しました】

■ 開催日時 2015年3月14日(土) 15:00〜17:30
■ 開催場所 公益財団法人後藤・安田記念東京都市研究所 5階第1会議室
         (東京都千代田区日比谷公園1-3市政会館)
■ プログラム
報告(1)
中国乳都としての呼和浩特市における酪農業振興戦略 
―牧草業の振興の重要性を中心として
周華 (高崎経済大学大学院地域政策研究科 博士後期課程)

報告(2)
 「市(いち)」の都市論―仮設的社会空間の創造力
下村恭広 (玉川大学 リベラルアーツ学部)

■当日印象記
関東都市学会研究例会 印象記
沼田真一(早稲田大学大学院)

 第一報告である周華氏(高崎経済大学大学院地域政策研究科後期課程1年)の発表「中国乳都としての呼和浩特(フフホト)市における酪農業振興戦略」は、中国の酪農におけるイノベーションを検討するものであった。
 中国では酪農を基幹産業として位置づけており、呼和浩特市は「乳都」と呼ばれ、1996年以降、急速な成長を遂げてきたが、近年の飼料価格の高騰から成長は鈍化している。これに対して、酪農家は飼料の生産を自前で行うことによって、持続的成長を目指し、これに成功している。飼料購入のコスト削減、乳製品の品質の向上が実現し、二次的な効果として牧草の生産にともなう土壌改良が進んでいる。こうした状況の中で、生産者としては公的支援の必要を強く希望していることなどがアンケート調査によって報告された。また、最後に今後は中国のこうした生産活動を支える協同組合について調査、研究していくことを課題として挙げた。
 議論の中では、イノベーションを論じる際の領域性、論文に示されている数字との関係、専門用語としての酪農に関する用語の使用と定義など、細かな発表に対する応答がなされた。日本における酪農との比較研究など、留学生としての現在の強みを活かしたオリジナルの研究展開についての提案など今後の研究に関わる有意義な意見交換がなされたといえよう。
 第二報告の下村恭広氏による報告「『市(いち)』の都市論―仮設的社会空間の創造力」は2015年の大会シンポジウム発表への準備として、現在検討されている「市」の都市論について意見交換し、論点を確認、絞り込み、新たな展開を模索するものであった。
 市がどういう意味をもっているのか。その仮設的な空間に着目しながら、既存研究における「市場(「しじょう」もしくは「いちば」)の相違点などを概略し、近年における「市」の登場をどのように位置づけ、説明できるかを検討した。たとえば、近年ではフリーマッケットが大きな転機となって、その後のファーマーズマーケットやクラフト市などが誕生しており、こうした動きは21世紀になるとより顕著になっている。活発な意見交換となり、「政治権力構造」「規制・制度」「創業プロセス」「生活空間」「非日常性」「原始的交換経済」「スプロール化」「グローバリズム」などのキーワードが抽出できよう。
 「市」とはどのような機能を持つのか、仮設的に現出するこの経済活動をいくつかのキーワードから解体、再構築することで、21世紀における新たな都市論を描き出すためのヒントをえることができるだろう。そうした大会シンポジウムに期待が持てる発表と意見交換であった。


【関東都市学会2014年度秋季大会を開催しました】

■ 開催日 : 2014年(平成26年)11月29日・30日
■ 開催地 : 福島県いわき市
■ 主催   : 関東都市学会
■ 共催   : 東北都市学会
■ 大会プログラム
□ シンポジウム(11月29日(土)受付13:00/13:30−17:30)
  「いわきの震災復興と<都市>形成―地域開発の歴史を踏まえて」
(会場:会場:いわき生涯学習プラザ大会議室/福島県いわき市平字1-1 ティーワンビル内(4階))

○ 解題
浦野正樹(早稲田大学文学学術院)・川副 早央里(早稲田大学大学院)
 福島県浜通り地区はとりわけ首都圏との関係を強くもちつつ発展した地域で、いわき市の常磐炭鉱や広範囲にわたる合併による新産業都市の歴史、北部に隣接する双葉郡における原子力発電所の立地などは、そのひとつの断面を象徴的に表している。なかでもいわき市は首都圏を支える一都市としての側面を強く持ち、福島浜通り地区における中心都市として発展してきた都市である。
 東日本大震災では地震・津波・原発事故など直接的な被害を受けいまだにその後遺症を強く引きずっている一方、避難指示や居住規制などさまざまな原発事故の影響を受けた双葉郡の原発避難者の多くが集まり、原発事故収束の拠点としても、現在大きな役割を果たしつつある都市である。原発事故による避難生活が長期化するなかで、市外からの原発避難者がいわき市内に自宅を建設する動きがはじまっており、複数の自治体が災害公営住宅のいわき市内での建設に向けて調整を進めている。また双葉郡の居住規制地域に帰還するまでのセカンドタウンや町外コミュニティの候補地としてあげられるなど、浜通り地区におけるいわき市の役割はより一層大きくなりつつある。現在いわき市は、このように隣接地域から急速かつ過渡的に多数の人口を受け入れている状態で、それに見合う都市機能の整備は難しく、交通渋滞をはじめとして市民生活にさまざまな歪みが生じている。ここでは、不安定で過渡的な人口増や需要増を抱える、震災復興過程での<都市>形成のあり方が問われているといえよう。
 また、いわき市内の周縁にあたる地域では、広域的な合併の長期的な影響によって都市機能が市中心部へと移出し、長期的な衰退化傾向が顕在化し求心力を失いつつあった。特に、津波被害を受けたいわき市の沿岸部では、震災前から進行していた中心市街地への転居や市外への転出が加速し、人口流失と少子高齢化が進んだため、周縁部の地域振興をどうするかが一層大きな課題になってきている。広域合併後の都市の中心と周縁の問題は、東日本大震災の災害プロセスやその後の推移に、大きな影を落としてきたのである。
 今回のシンポジウムでは、浜通り地域の地域開発といわき市の誕生の歴史と地域構造を踏まえたうえで、今回の震災が地域社会にもたらした被害と影響を検証し、特に合併を経て広域化した自治体において、いわき市全体としての対外的な戦略と、ローカルなニーズのくみ上げや地域課題への対応を両立して実現していくべき方策を検討したい。震災から4年目を迎えてダイナミックな地域変動が進行し新たな都市形成期を迎えた浜通りの中核都市としてどのような課題を抱えているのか、今後の都市としてのいわきのあり方を議論する機会になることを期待したい。

○ 報告・コメントのキーワード
小宅幸一氏(いわき地域学会)/いわきの地域開発史、地域構造の観点から
松本行真氏(東北大学)/津波被災地域の地域概要(地域が抱える問題、地域振興の取り組み等)、東日本大震災による津波被害と復興への課題と現状について
寺島範行氏(いわき市役所)/いわき市の避難者受入のこれまでの取組と、共生に向けた今後の取組
草野淳氏 (いわき市社会福祉協議会)/いわき市の地域福祉、被災者・避難者への支援活動
熊田俊郎氏(駿河台大学)/震災前の都市としてのいわきの姿、都市形成における課題
大矢根淳氏(専修大学)/広域都市における災害対応・復興への課題(被災者・避難者への対応、石巻との比較)

○ 報告者
小宅幸一(いわき地域学会幹事、いわき明星大学客員教授、いわき市役所ふるさと発信課嘱託)
松本行真(東北大学災害科学国際研究所准教授)
寺島範行(いわき市行政経営部行政経営課復興支援室主任主査)
○ コメンテーター
草野淳(いわき市社会福祉協議会地域福祉課課長)
熊田俊郎(駿河台大学教授)
大矢根淳(専修大学人間科学部教授)
○ 司会
浦野正樹(早稲田大学文学学術院教授)
○ 司会・解題
川副早央里(早稲田大学文学研究科博士後期課程、いわき明星大学客員研究員)

■ 懇親会(11月29日(土)18:00〜20:00)

■ エクスカーション(11月30日9:20〜/ JR常磐線 いわき駅前ミスタードーナツ前集合)

【大会印象記】

<シンポジウム 29日の部>
野坂 真(早稲田大学大学院 博士後期課程)

 関東都市学会2014年度秋季大会は、福島県いわき市で開催された。今大会は、東北都市学会との共催という形を取っており、開催形態からして、東京都市圏の一端であるとともに福島県浜通りの関東側の玄関口でもあるといういわき市の多様な側面を印象づけるものだった。以下、シンポジウムの概要と感想を述べる。
始めに、川副早央里氏(早稲田大学大学院/いわき明星大客員研究員)により解題が行われ、いわき市の地理的特性および地域の歴史(特に市町村合併に伴う自治体内の多様性)と、そうした背景から生じる東日本大震災後の被害特性や復旧・復興に向けた課題が紹介された。また、被災地の一つでありながら、様々な人々がいわき市を経由して元の地域に戻っていく、復興拠点としてのいわき市という側面も持ってきたことも紹介された。原発災害の問題を考える上で、まずはこうした多様な側面を持ついわき市を見ることがシンポジウムの主旨であることが説明された。
 第一報告では、小宅幸一氏(いわき明星大学地域基盤型客員教授/いわき地域学會幹事)から、東日本大震災後のいわき市における状況を見る上での大前提として、地域の歴史(特に地域開発の歴史)について解説がなされた。戦後、炭鉱閉山後に新産業都市の指定を受ける中で、双葉郡のように原発を誘致するのではなく面的な開発が重要という方針が提示された。このため、いわき市で一つにならなければならないという意識が強く、地区ごとの歴史を顧みることが少なかったという。他方、双葉郡は原発を受け入れたことにより、昭和の大合併以降市町村境が大きく変わっておらず、広域で地域開発・振興を考える経験が少なかった。いわき市とはまったく異なる地域開発の歴史を持っている。東日本大震災後、いわき市は、多くの避難者を受けいれている。国レベルでは、同じ浜通りにあること、炭鉱も原発も同じエネルギー産業と見なされることから、いわき市と双葉郡を類似する地域と見なす傾向にあるが、両地域は歴史としてはまったく異なることに注意が必要である。そうした背景を理解しながら、支援の方法を考えていくことが必要であるという問題提起がなされた。
 第二報告では、松本行真氏(東北大学災害科学国際研究所准教授)より、豊間地区薄磯区を事例に、いわき市内の津波被災地域における復興プロセスについて報告がなされた。薄磯区ではまず、40歳代の若手を中心にして復興まちづくりに関する勉強会が立ち上がり、それが薄磯復興協議委員会に発展した。しかし、委員会からの提案が市の復興計画に反映されているという認識を住民たちが持てず、既定路線を前提として議論させられているのではないかという疑念が委員会の中に生じてくる。そこで、薄磯区(行政区)との連携を強めるために、一部の委員が区役員に就任し情報共有を図っていくことにした。また、豊間地区全体で情報共有するために「(仮称)とよま復興まちづくり市民会議」も設立し、活動の幅を広げていった。また、ほぼすべての住民組織を巻き込む「薄磯区まちづくり委員会(仮)」設立の動きが生じている。しかし、連携を実現する上での課題も残っている。例えば、行政と住民との間における役割分担の検討、豊間地区内の他の区との連携強化、既存組織と市民会議との住み分けの検討、委員会内の世代間ギャップをいかに埋めるか、といったことが課題となっているという。
 第三報告では、寺島範行氏(いわき市復興支援室)から、これまでの避難者受け入れの実態と今後の課題について報告がなされた。まず、これまでの避難者受け入れの推移として、他の県内市町村に比べ、どの避難元の町においてもいわき市が最も多くの避難者を受け入れてきていることが、統計データから説明された。これに伴い、避難元自治体の役場機能も多くいわき市に立地している。このため、介護や子育てサービスなど避難元自治体では労力的に対応が難しい行政サービスもいわき市が提供しているという。いわき市への避難者・定住者が増えていく可能性が見られる中で、いわき市では共生に向けた取り組みを行っている。避難者向けの公営住宅を市内に分散配置すること、医療・福祉やごみ処理など生活サービスの面での支援を、国や県に要望している。さらに市では、市内全避難世帯に就労を呼びかけるチラシを配布している。就労支援については、再生可能エネルギーを核とした産業振興を目指しているという。また、コミュニティでの共生に向けて、国や県には交流施設等の実現を、8町村長には隣組への加入や地域活動への参加を避難者に呼びかけることを要望している。コミュニティ交流員の活動も展開しているという。
 次に、コメンテーターからの意見発表がなされた。第一に、草野淳氏(いわき市社会福祉協議会地域福祉課課長)から、今後復興に向けたボランティア活動を継続していく上での課題が提示された。まず、そもそもの地理的条件として、各地区から平まで距離がある(沿岸部まで車で30-50分)ことから、地元のニーズをより綿密に把握しながら、住民自らが活動を企画し実現できる仕組みの構築が必要であるという課題が提示された。この課題に対応するため、社会福祉協議会はあくまで住民のお手伝いであり黒子に徹するという意識で活動しているという。また、隣近所での助け合いの関係を活性化することも重視しているという。次に、原発災害からの避難者を受け入れている地域として、避難者と市民との間で少しずつ意識の溝が生まれており、それをいかに改善するかが大きな課題となっていることが提示された。当初は市民から同情の気持ちが強かったが、市民には3年も5年も住んでいるのだから隣組に入って欲しいという意識があるという。他方で、避難者はまだ仮住まいにしたいという意識があるという。どんなに便利なまちでも人が笑顔で住めるまちにしなければ、復興は難しいという認識が示された。 
 第二に、熊田俊郎氏(駿河台大学教授)よりいわき市に居住経験のある研究者としてコメントがなされ、福島県の歴史的背景への注目の必要性が提示された。そもそも、福島県自体が近代化の中で形成されており、卓越した都市がなく県内の地域対立を生みにくかったという。このことが、県内避難が多いことにもつながっている可能性があるという。また福島県は、東京への電力送電地域という側面もある。原発が立地された背景も、当時の東電社長が福島県出身だったこともあるのではないか。こうした背景を踏まえておくことは、復興のことを考える上で重要であるという問題提起がなされた。
 第三に、大矢根淳氏(専修大学人間科学部社会学科教授)より、広域合併を行った経緯を持ち、東日本大震災で大きな被害を受けたという点で共通点を持つ石巻市を事例に、コメントがなされた。石巻市では、中心部が大きな被害を受けたことから、半島部は半島部の支所で対応する方針が最初に示された。しかし、合併後遺症により権限も手足も支所にはなかった。そこで、応急対応も遅れた。現在では、内陸へ向かい広域化する傾向も見られるという。中越では、生業のアイデンティティを元の集落に残しながら広域な範囲で生活し、地域を取り戻していく動きがあった。こうした動きを参照しながら今後の復興を考えていくことが石巻市では重要になってくるという。重要なのは、自分たちが維持しなければならないと考える地域のアイデンティティを残していく過程において、人が選択し生活を蓄積していった結果として復興事業が行われることであるという発表がなされた。
 ディスカッションでは、司会や会場から活発な質問や論点提示がなされたが、特に今後の復興を考える上で重要となったものは、いわき市や各地区のシンボルや誇りと思えるものは何でありそれを今後いかに再構築するか、というものであったろう。この論点については、「いわき市は首都圏頼みの産業振興が多かったので、自分の歴史や文化を見直す習慣がなかったのではないか。歴史や文化をいかに若い人に伝えていけるかが、いわき市を活かしていく上で重要なのではないか」「数世代先のことを考えながら住宅再建やまちづくりを行うことが重要。例えば、住民の間では、自分の世代だけならば公営で十分だが、3世代住宅ならば住むという意識もある」「いわき市のシンボルは暮らしやすさであることを発信していく必要がある」「何かができるまちにすることが重要。できたという体験を通じ、いわき市を好きな人をもっと増やしていくことが重要」といった意見が聞かれた。
 今大会のシンポジウムを通じ、いわき市がその内部において様々な面で多様性を抱えながらも、震災前は首都圏の一角としての新産業の振興、震災後は原発災害からの避難者受け入れという大目標を保ちながら、市全体として一定の方向性を持ってきたことが分かった。しかし同時に、震災前は各地区が存続する意義の検討、震災後は地震や津波からの復興ビジョンといった、各地区の多様性を踏まえた課題は、市全体としては影が薄くなっていたのではないかとも懸念される。今後は、各地区でどのような資源を有するかを詳細に検討した上で、市全体としてそれらを有機的に紡ぎ直していくことが必要となってくるのではないか。そこでは、当然いわき市への定住を希望する避難者のニーズも加えていく必要が生じるであろう。しかし、より大きな問題として、定住するかは分からないが少なくともいわき市に生活の核の一部を長期的に置きたいと考えている避難者の声を、いかに復興施策に反映するかということもあるように思える。この問題に対応するさい、通常は定常人口のものとして捉えられがちな「住民」や「地域組織」という概念の問い直しさえも必要になってくるのかも知れない。

<エクスカーション 30日の部>
浅野 幸子(早稲田大学地域社会と危機管理研究所招聘研究員)

 大会2日目はマイクロバスで、いわき市内および周辺地区の現状を視察しました。川副会員が案内を務めましたが、富岡町出身で相双ボランティアを運営している平山勉さんも同乗くださり、富岡町を中心に詳しい説明をいただきました。
 湯本を出発後、中央台の楢葉町役場(いわき明星大内)と同町の仮設の小・中学校、いわきニュータウン内の、高級住宅とも隣接したエリアに建つ仮設住宅群を見ながら小名浜港へ向かい、いわき市観光物産センター「いわき・ら・ら・ミュウ」を見学。1階は飲食店と鮮魚店数軒が入り魚市場の雰囲気で、二階にはお土産物店のほか東日本大震災の展示室もあります。全体に賑わっていましたが、原発事故の陰で情報が少なかったいわき市の津波被害の実情に改めて驚き、以前のように漁ができない状況下で漁業に携わって生きる人たちの姿を少し複雑な思いで見ました。さらに近くのマリンタワーへのぼり小名浜港を見渡し、江戸時代は幕府への納付米の、明治以降は石炭の積み出し港として機能し、戦後も新産業都市構想の中で数々の工場を含めて大きく発展してきた歴史をイメージしました。
 その後バスは海岸に沿って北上。集合住宅型と戸建型の公営住宅が建つエリアを見て、豊間地区で食事をとったのち、塩谷崎灯台の横を抜けた先の薄磯エリアでは、津波で全壊した中学校と更地広がる地区を見ながら、地元の薄磯復興協議委員会および海まち・とよま市民会議の瀬谷さんに説明を受けました。約120人の方が犠牲になったそうですが、水産加工業を再開する業者も殆どなく、防災集団移転後に戻ってくるのは270世帯中100世帯もない、特に若い人が戻らないそうです。
 さらに四倉を経由して久ノ浜へ移動しながら車中から見学しましたが、このあたりで家を建てたいという双葉郡の人が多く、すでに土地はないとのことでした。そして広野町に入りJビレッジの横を通る形で楢葉町へとバスは進みます。広野町は2012年から帰還が始まっていますが、2割程度の人(約1,300人)しか戻っていない一方で、この地域周辺では約2,600人の原発作業員が働いているとのこと。また、いまも居住が禁止されている楢葉町ですが、作業員用の宿舎を建設中で、稲作が一部で再開、コンビニや仮設商店街「ここなら商店街」も営業しているなど、帰還の可能性が模索されている状況です。
 そして福島第二原発の西側を通る形で富岡町に入りましたが、富岡駅周辺は2011年3月で時が止まったかのような光景でした。津波が破壊したホーム、住宅、店舗、静まり返る駅前商店街。富岡漁港周辺の、除染後の汚染物質が詰まった袋が積み上げられた様子を見たあと、さらに夜の森駅周辺の閑静な住宅街へ至ると、春には見事な桜並木となる大通りは、「この先帰還困難区域につき通行止め」という黄色い看板と柵によって完全に分断されていました。その後、沿岸を見晴らす高台にありながら21mの津波が直撃したホテル観陽亭へ移動して町を見渡しましたが、海岸沿いの先に、かろうじて事故を免れた福島第二原発の建屋がはっきりと見えたことが、心に深く残りました。事故前は素晴らしい眺望でお客をもてなしたことでしょう。しかし大都会に送るための原子力発電所も、その美しい景色には入っていた。これが私たちの社会が福島に押し付けてきた現実です。帰りはすでに暗くなっていましたが、原発事故収束・復興拠点となっている、広野町のJビレッジをバスの中から見学して、いわき駅へ戻りました。
 家屋の痛みも進む中で、厳しい状況を歩む双葉郡の各市町と、今後の生活設計に揺れながら避難生活を送る人々。被災自治体でありながら多くの避難者を受け入れることで戸惑い、渋滞をはじめ生活上の不満も持ついわき市民。「住民があまり戻らず、防災緑地ができても草刈りすら難しいかもしれない」津波被害エリアの復興。そして、放射線の問題ももちろんですが、もしも首都圏で地震が起これば、広域避難も他人ごとではありません。直接支援は難しくとも他人ごととせずに、福島の現実をこれからも気にかけていきたい。そう改めて思いながら帰途につきました
 
秋季大会シンポジウムの様子
 
エクスカーションの様子
 
【関東都市学会 研究例会を開催しました】

■ 日 時:2014年9月27日(土) 15:00〜17:30

■ 場 所:駿河台大学法科大学院 602教室

■ プログラム
報告(1)
ウランバートル近郊における観光開発とエコツーリズム
Bayansan Purevdolgor (高崎経済大学大学院地域政策研究科博士後期課程)
報告(2)
大都市と地方の広域連携の可能性
〜東日本大震災における被災市町村支援を題材に
橘田 誠 (弘前大学客員研究員)
報告(3)
医療産業クラスターにおける地域資源とイノベーションに関する研究
皿谷 麻子 (早稲田大学政治学研究科修士課程)

 【2014年度関東都市学会春季大会を開催しました】

■ 日時:2014年6月7日(土) 12:00〜17:30

■ 場所:東洋大学 白山キャンパス 5号館1階 5104教室

■ プログラム

○ 自由報告(12:00〜13:50)
小林修(まち-集落研究室) 
「『新しい都市学』に求められること―過去から現在を研究する都市学から、将来像を提示する都市学への転換」
高橋芳文(法政大学大学院 政策創造研究科 博士後期課程) 
「東京の広告景観の考察―盛り場を対象に」
野坂真(早稲田大学 文学研究科 社会学コース 博士後期課程)
「東日本大震災津波前後の岩手県大槌町における災害過程―地域開発から地域振興へ」
川西崇行(早稲田大学)・田中傑(京都大学防災研究所)・西田幸夫(埼玉大学)
「関東大震災撮影映像の撮影地点の解明」

○ シンポジウム(14:00〜16:40)
テーマ:「分譲マンションにおけるコミュニティのゆくえ
―グローバル・人口減少社会における分譲マンション管理のあり方を展望する」
【司会・解題】
平井 太郎 (弘前大学)

【報告者】
花里 俊廣 (筑波大学)
村上 民夫 (一般社団法人日本マンション管理士会連合会事務局長・サンシティ管理組合長期事業計画部会専門委員)

【コメンテーター】
祐成 保志  (東京大学)
大内 田鶴子 (江戸川大学)

【シンポジウム企画趣旨】  
分譲マンションにおけるコミュニティのゆくえ
―グローバル・人口減少社会における分譲マンション管理のあり方を展望する
(理事・研究活動委員 平井太郎)

 当学会では、これまで防災や港湾、水路などさまざまな切り口から、まちづくりをめぐる当事者の主体性やまちづくりの持続的な展開について討議を重ねてきた。また、その際の切り口には、できるだけその時々の話題性や現場性を重視してきた。このような背景を踏まえ、今回は「分譲マンションにおけるコミュニティのゆくえ―グローバル・人口減少社会における分譲マンション管理のあり方を展望する」をテーマに掲げたい。
 分譲マンションとは、各戸の所有者が「管理組合」という団体を組織し、マンションの維持管理や修繕にかんして合議により意思決定してゆく建物であり、現在では全国で約1割、東京では約3割の住宅を占める日本都市の主要な住様式になっている。この分譲マンションをめぐっては、80年代から所有者=居住者間の日常的なコミュニケーション(=「コミュニティ」)の重要性が指摘されてきたが、特に1995年の阪神・淡路大震災で被災マンションの建替え・大規模改修をめぐる混乱を機に、あらためて「コミュニティ」の重要性をはじめとする分譲マンションの管理にかんする諸課題が顕在化するとともに法制度の整備が進められてきた。2000年にはマンション管理適正化法が公布、マンション管理士という新たな専門職が創設されたほか、2003年に改正されたマンション標準管理規約では管理組合の業務に「地域コミュニティにも配慮した居住者間のコミュニティ形成」が初めて盛り込まれた(「コミュニティ条項」)。
 しかし、所有者=居住者のさらなる高齢化、所有者と居住者の不一致の増大(賃貸化)、他方で、大規模改修や建替えを必要とするマンションの増加を背景として、国・国土交通省では2012年8月から「マンションにおける新たな管理ルールに関する検討会」を組織し、今年度中の標準管理規約正を目指した手続きを進めている。そこでの議論の焦点は、管理組合の運営に対して専門家や専門組織の関与や受託を許容する「第三者管理」の導入などであったが、討議が進むにつれ、2003年に導入された「コミュニティ条項」の撤廃、管理組合の議決権を面積もしくは価格割にできる選択肢の導入などが具体化してきている。(1)第三者管理の導入、(2)コミュニティ条項の撤廃、(3)議決権の所有者間格差の導入は、所有者=居住者保護を目的としつつ、規制緩和による事業機会の創出や価値の尺度や基準の経済的価値への一元化といった意味で、いわゆるネオ・リベラリズムの潮流に沿ったものであり、所有者による「自主管理」を骨格とした日本の分譲マンション制度を根本的に見直し、グローバル化や人口減少を見すえた新たな管理のあり方を切り拓くものと言えよう。
 そこで本シンポジウムではこのような動向に対して、本学会の設立趣旨に照らし研究者と実務家や所説の立場を超えて議論を共有する場を設けたい。具体的には、分譲マンションの管理をめぐる実務・研究それぞれの立場から提示いただいた論点を共有し、実りある討議とそれに続く実践を展望したい。

○ 総会      17:00〜17:30
○ 懇親会     17:50〜19:50

【大会印象記】
2014年度春季大会自由報告印象記
杉平 敦(東京大学大学院 博士後期課程)

 関東都市学会春季大会は、小雨降る6月7日(土)の午後、東洋大学・白山キャンパスにて開催された。
 まず、小林修氏から「新しい都市学に求められること」という報告があった。人口減少と高齢化の将来推計を踏まえて、衰退する地域を静かに閉じながら少数の都市に人口を集約していくといった近未来日本のビッグピクチャーを描くべきという挑戦的な提言である。また小林氏は会場からの質問に答えつつ、旧来の土地と家業とを継承する「土の人」とそこから切り離された「風の人」を対比して、後者が増加することで土地への執着なども変化する(ため、よりモビリティの高い将来像を描ける)と指摘し、その役割を若い世代による「新しい都市学」に期待した。このような「都市学」を超えた自由な発言が、新しいものを見出しあぐねている若手研究者を刺激するものであってほしい。
 次に、橋芳文氏より「東京の広告景観の考察」という報告が為された。近年の屋外広告に対する地域の特性を無視した一括型の規制強化に異議を唱え、むしろ繁華街等では屋外広告を景観資源として積極的に活用すべきではないかという提案である。会場からは、近年の景観デザインの趨勢は街の個性を活かす方向へ向かいつつあることなどが指摘された。こうした時流は、橋氏の擁護する文化の揺籃としての猥雑さにとって肯定的な傾向であるはずだ。発言の引用に際してはその発言の文脈を押さえるべきとの指摘も踏まえ、創造的な多様性の景観への一層説得力のある援護射撃となることを期待する。
 続いては、野坂真氏の「東日本大震災津波前後の岩手県大槌町における災害過程」と題する報告であった。地域内での防災活動が盛んだった地域で大きな被害が生じたのは何故かという疑問に対して、地域の人口動態や産業構造、さらには意識調査なども検討しながら詳細な分析を加えていた。この結果、ハード偏重の防災対策や地域の安全性を犠牲にした産業振興策が問題の根本に見出された。これらが影響して、過去の災害の教訓は適切に活かされず、防災計画は生活実態と乖離してしまったというのである。津波によって多くの人が地域から切り離され、今後は地域のコンパクト化が現実的な方針となるだろう。そこで帰還者や外来者の力をどう活かすか、こうした考察が今後必要とのことである。
 最後は、田中傑氏・西田幸夫氏・川西崇行氏の連名による「関東大震災撮影映像の撮影地点の解明」であった。関東大震災を記録したフィルムを片っ端から閲覧し、膨大な分量のキャプチャー画像を作成、それら全ての撮影地点を地図や絵葉書などによって特定していくという気の遠くなるほど地道な作業の過程と展望とを紹介するものであった。会場では実際の動画やキャプチャー画像が豊富に示され、現在とは異なる景観ながら見慣れた東京の街路を舞台として災害の生々しい記録が鮮明に映し出された。報告によれば、フィルムのコマ数から避難者の移動速度や火災の延焼速度、さらには震災後に作成された火災動態地図や被災体験談等の裏付けをとることも可能とのことで、今後の進展が期待される。
 以上の通り、実業者からの既存の枠組みに反発する提言が前半の2組、学究者による地道な調査に基づく実態と課題の把握が後半の2組であり、これら2つの新しい傾向が支え合って今後の「新しい都市学」を導いていくのではないかという、希望の見出せた自由報告4本であった。

2014年度春季大会シンポジウム印象記
須藤 直子(早稲田大学大学院 博士後期課程)

 大会の後半は、「分譲マンションにおけるコミュニティのゆくえ―グローバル・人口減少社会における分譲マンション管理のあり方を展望する」と題したシンポジウムが行われた。
まず、平井太郎氏(弘前大学)より、本シンポジウムの主旨・解題が説明された。近年、分譲マンションの耐震改修や建て替えをめぐる議論が盛んに行われている。分譲マンションは通常、各戸の区分所有者で組織される管理組合によって、マンションの維持管理に関する合議が行われ、意思決定がなされるが、この「合意形成」と、合意形成に至るまでの意思疎通を図るための「コミュニティ形成」は、果たして同一のものであるか、それとも別のものであるか。また、これらに「第三者が介入」するとはいかなることか。上記の問題をめぐって、21世紀型ともいえる分譲マンションの維持管理の方法と可能性を、コミュニティをキーワードに探ることが本シンポジウムのねらいとされた。
 花里俊廣氏(筑波大学)はまず、分譲マンションの管理組合をめぐる「第三者管理の導入」や「マンション標準管理規約からコミュニティ条項削除の検討」など、新しい動きを整理した。これらの動きは、マンション管理組合のあり方を大きく変えることを示唆する。しかし、すでに多くの管理組合が、発足から20〜30年を経ることで、「アソシエーション」としての財産管理団体から「コミュニティ」としての組織への転換を経験しており、ここに花里氏は「マンション住民」=「マンション維持管理の主体」の可能性を見出した。しかし、近年増加傾向にあるワンルームマンションやリゾートマンションにおいては、この転換が必ずしも成立しない点に、分譲マンションが直面しているコミュニティ形成の困難性があると指摘した。
続いて、村上民夫氏(一般社団法人日本マンション管理士会連合会事務局長・サンシティ管理組合長期事業計画部会専門委員)は、マンションのコミュニティ形成が成功している事例を紹介しながら、マンション管理組合の可能性について提起した。村上氏ご自身が住民でもある、東京都板橋区の「サンシティ」(昭和55年完成)は、「奇跡のマンション」と呼ばれている。実際、管理組合は賞の受賞等で具体的に評価されているが、そこには住民たちの数十年にわたるボランティア活動や、「隣の人の顔もわからない」という危機感からはじまった取り組みが大きく寄与しているという。サンシティにおけるコミュニティ形成の原点は、住民たちの自主的な活動の中にあり、現在のサンシティに対する評価は、30年以上を経た管理組合のあるべき姿を体現しているといえよう。
 以上の二報告を受けて、コメンテーターの祐成保志氏(東京大学)は、マンションを複数の原理が混在する社会的場として捉え、管理組合は1つの政府あるいは自治体であると説明した。この自治体としての管理組合は、さまざまな原理を調整する一方で、マンションの維持管理をめぐって「コミュニティに何ができて、何ができないのか」を丁寧に論じる必要があると提起した。また、大内田鶴子氏(江戸川大学)は、コミュニティ条項削除の問題と関連づけながら、人の生活とは単なる契約ではなく、感情の部分が多くを占めていることから、マンションの居住者間の調整役がいなくなる場合、殺伐とした関係になる可能性があると指摘した。とはいえ、管理組合がそれらの調整を一手に引き受けざるを得ない現状にあり、必ずしも管理組合にのみ依存しない方法を探る必要性を問うた。
 以上、4名のパネリストならびにコメンテーターのご報告から、マンション管理組合は新しい問題に直面しながらも、さまざまな工夫や努力によって、住民がマンション維持管理の主体となる道を探ってきた様子が浮き彫りになった。確かに、マンションの性質によっては、部分的あるいは全面的に「第三者」の導入が必要になる場合もあろう。しかし、最終的にコミュニティ条項の削除が国の検討委員会で見送られたという実態に鑑みると、管理組合には「コミュニティとしての性格を保持したマンション維持管理の意思決定機関」という役割が付与され続けていくのではないだろうか。

 【3月研究例会を開催しました】

2013年度関東都市学会研究例会を、下記のとおり開催しました。

■ 日 時 : 2014(平成26)年3月15日(土) 15:00〜17:30
■ 場 所 : 公益財団法人後藤・安田記念東京都市研究所 5階第1会議室
        (東京都千代田区日比谷公園1-3市政会館内)
■ 内 容
報告1  香港の都市景観における屋外広告物の現状と課題
高橋芳文 (法政大学大学院政策創造研究科 博士後期課程)

報告2 国と地域の協働による中小企業政策の展開方策に関する考察
李南君  (高崎経済大学大学院地域政策研究科 博士後期課程)

報告3 台湾における街並み保存活動の現状と展望
―台北市「青田街」・花蓮市「将軍府」の事例を中心として
石井清輝 (高崎経済大学地域政策学部)

■ 印象記
関東都市学会研究例会 印象記
岩武光宏(東京交通短期大学)

 関東都市学会研究例会は、2014年3月15日(土)、(公財)後藤・安田記念東京都市研究所において開催された。
 まず、橋芳文氏による「香港の都市景観における屋外広告物の現状と課題」の報告が行われた。氏は自らの実務経験および現地調査に則り、看板大国たる香港の都市景観に注目している。このことは単に看板を屋外広告物としてみるのではなく、個性ある街並みを創出する「舞台装置」として捉えたものであり、「看板=観光資源」という視点にほかならない。まさに、過密感ある雑踏は活力を生み、魅力的な磁場であることは紛れもない事実である。しかし、一方では日本の京都などの観光地においては、屋外広告物に関する条例を制定し、規制と誘導を進めている。一般的に美しい景観とは、「調和」であり、香港における魅力的な景観である「共存」の風景とは相反する。また、観光、環境、都市開発などの問題が複雑に絡み合っているだけに、多くの矛盾を包含している。したがって、調和と共存の概念差の説明について、さらなる分析と裏付けが求められよう。
 次に、李南君氏による「国と地域の協働による中小企業政策の展開方策に関する考察」の報告が続いた。中央集権国家である中国は、地方分権が進んでいる日本の中小企業政策に学ぶことで、多くの知見を得ることができるという氏の立ち位置を浮き彫りにするものであった。ゆえに、天津市、東莞市の事例を概説し、日本の中小企業政策についても詳細に報告が行われた。中国において、中小企業政策は進んでいるものの、地方分権が進んでいないという問題があるだけに、報告後に、「東莞(地域レベルの都市)のモデルケースを天津(直轄市)に援用できるのか」、「日本の中小企業を克明に調べた上で、何を中国に援用できるのか、見極めが必要ではないか」との指摘もあった。研究の果実として、具体的な地域の中小企業振興のためのプラットホームの提言が期待されよう。
 最後に、石井清輝氏による「台湾における街並み保存活動の現状と展望―台北市「青田街」・花蓮市「将軍府」の事例を中心として」の報告が行われた。台湾では歴史的環境の保存事業が盛んになっているという。また、行政の支援も活発であり、官民あげての取り組みも散見される。これにかんがみ、氏は社会科学的な考察を試みている。制度的な展開について概説され、「青田街」、「将軍府」の事例を概観、また、多くの聞き取り調査によって、その実態に迫る内容であった。さらに報告後の質疑応答では、「保存活動における日本からの制度的な輸出および、それに係わる人的なつながり」についての補足意見が寄せられた。くわえて、親日国である台湾の保存事業における台湾人(外省人、本省人)のメンタリティーは興味深い。たとえば、台北市の台湾総督府本庁舎は、現在でも総統府として使用されていることや日式の住宅などが保存の対象になり得ることなどをみても、韓国のそれに該当する事例とは対極である。今後、保存活動を取り巻く市場原理の中で、さらなるコミュニティーの論理が醸成されていくのか否か、興味は尽きない。


【秋季大会を開催しました】

2013年度関東都市学会秋季大会を、下記のとおり開催しました。

■ 開催日 : 2013年(平成25年)11月30日(土)   
■ 開催地: 栃木県栃木市(シンポジウム会場:栃木市役所正庁)
■ 主催 : 関東都市学会
■ 共催  :科学技術振興機構「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」領域「伝統的建造物群保存地区における総合防災事業の開発」プロジェクト(小山高専)/栃木蔵のまち小論文コンクール実行委員会
■ 後援  : 栃木市/栃木市教育委員会
■ プログラム
10:15〜 エクスカーション
12:40〜 地元高校生によるポスターセッション
13:30〜 シンポジウム「栃木市の伝統の再発掘と地域活性化」
コーディネーター
  浦野正樹(早稲田大学教授)
  豊川斎赫(小山工業高等専門学校准教授)
基調講演
  河東義之(小山工業高等専門学校名誉教授)
報告
  黒田英一(法政大学大学院政策創造研究科客員教授/元宇都宮大学助教授)
  佐山正樹(ネットワークとちぎ)
  苅谷勇雅(小山工業高等専門学校校長、元文化庁文化財監査官)
コメンテーター
  井上繁(関東都市学会会長/常磐大学教授)
  川副早央里(いわき明星大学客員研究員/早稲田大学大学院)
16:40〜16:50 栃木蔵のまち小論文コンクール表彰式
17:30〜19:30 懇親会

■ シンポジウム解題
浦野 正樹(早稲田大学)
 栃木市は、日光例幣使街道の宿場町として発達し、北関東有数の商都として栄えた街であり、近年では江戸時代にタイムスリップする医師を描いた人気テレビドラマ「仁 ジン」の撮影場所となった川沿いの蔵屋敷の風景など、蔵が残るレトロな風情のあるまちとして、現在、映画やドラマの撮影場所としても注目を集めつつある。しかし、他方、地方都市に共通する高齢化の波のなかで、商工業者も後継者不足が深刻で、市街地部分の空洞化が進んで空き店舗も増えつつあり、蔵の残る建物群も老朽化などで町並みの保全や維持管理が難しくなってきている。また、旧町屋に独特な奥に細長い区画ゆえに、奥向きにある住居スペースは倉庫等の利用に化し、管理が難しい空間になってきてもいる。火災などによる延焼危険など災害面や日常生活基盤の衰退など不安な側面も無視しえなくなっているように思われる。
現在、栃木市街地では「嘉右衛門町」が文化庁による重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けているが、さらに中心市街地地区での指定を目指して事業を進めてきており、小山工業高等専門学校では、そうした動きを念頭において研究チームをつくり、科学技術振興機構の「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」プログラムにより、「伝統的建造物群保存地区における総合防災事業の開発」という研究を進めている。これは、安全・安心をめざしたまちづくりというコンセプトを踏まえ、地域の伝統的な価値を磨いてまちづくりを進めていこうとするものである。この大会では、「栃木市の伝統の再発掘と地域活性化」をテーマとして、こうしたまちの現在の課題と町並みの保全のあり方、今後のまちの将来を、市民を巻き込むかたちで考え展望を探っていくことにしたい。

■ 印象記
<エクスカーション 午前の部>
石神 裕之(慶應義塾大学)

 2013年11月30日(土)、関東都市学会2013年度秋季大会が栃木県栃木市で開催された。天候にも恵まれ、小春日和のなか土蔵や見世蔵の並ぶ「蔵の街とちぎ」を散策し、伝統的建造物の保存活用を基軸としたまちづくりの実践を垣間見ることができた。以下、エクスカーションを概括し、若干の感想を述べたい。
 今回は小山高等専門学校の全面的なバックアップのもと、企画をされた浦野正樹会員や川副早央里会員の綿密な準備もあって、限られた時間の中で様々な建造物を実見し、所有者のお話もお聞きすることができて、極めて有意義なまちあるきとなった。まず10時15分に東武日光線栃木駅に集合。そこからチャーター・バスを利用して、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている「嘉右衛門町地区」へ移動した。バスのなかでは、ボランティアガイドの方による街なみについてのお話もあり、車窓から「とちぎ蔵の街美術館」(地元では「おたすけ蔵」の名で呼ばれ、3つの黒漆喰造りの蔵が平行して並ぶ珍しい近世後期の建造物を使用)や「山本有三ふるさと記念館」、そのほか近代以降の看板建築、商家風の造りをした交番などを眺めつつ、目的地へ向かった。
 「嘉右衛門町地区」に到着後は、少し街並みを歩いたのち「油伝味噌」という店へ。ここは創業が天明年間とされる味噌屋で、土蔵など5棟が明治期の建物として国の登録有形文化財に指定されている。御主人の案内で、味噌蔵の様子や建物の修繕に関して具体的なお話をお聞きした。屋根瓦の葺き替えに際して余った古瓦を土塀軒下の雨落ちに敷くなど、風情ある修景を行っていた点はとても好もしく思えた。
 油伝さんをあとにし、途中土蔵などの建造物や寛政12年銘の庚申塔など、文化遺産が点在する町並みをぶらぶらと散策する。この嘉右衛門町の街並みは、いわゆる日光例幣使街道に沿って形成され、近世以降に栄えた町の様子をいまに残る建築物から窺い知ることができる。とくに「岡田記念館」として現在活用されている屋敷は、嘉右衛門町の名前の由来になったという岡田家の住宅跡である。岡田家は代々名主を務め、足利将軍家の管領であった畠山氏の流れを汲む旗本畠山家の領地があったことから、近世には陣屋が設けられ、岡田家は代官代行の役割も担ったという。その岡田家が近代になり一層繁栄をした様子が、巴波川(うずまがわ)のほとりに22代当主の隠居所として大正13年に建築された翁島別邸にみることができる。時間の都合で建物中に入ることはできなかったが、外から自慢の檜の一枚板の廊下を拝見した。
 その後、大正2年に建てられた洋風の栃木病院の建物をみて、巴波川の小道を歩きテレビドラマなどのロケに使われる「塚田歴史伝説館」付近へ。塚田家は近世後期から木材回漕問屋を営んできた商家であり、いわゆる江戸と栃木とを結ぶ舟運で栄えた様子が、その建物からも見て取れる。川に沿って120メートルほどの黒塀が続き、白壁の土蔵が建ち並ぶ様子は、確かに時代劇などの撮影には最適であろう。川にはかつては物資を運んだ「部賀舟(べかぶね)」と呼ばれる小舟を浮かべて、観光客が遊覧を楽しめる趣向もあり、まさに栃木市を代表する景観といえる。ここで午前のエクスカーションは終了し、それぞれ昼食へとむかった。
 さて今回のエクスカーションで感じた点としては、伝統的建造物を保存し、まちづくりのなかで活用していくことの難しさであろう。例えば嘉右衛門町でも風情ある建物が見られる一方で、裏道に入ると普通の住宅地が広がっている光景がみられた。また伝建地区というと、馬籠宿や川越のように伝統的建造物が軒を連ねる風景を思い浮かべるが、ここ嘉右衛門町では新旧の建築が混在して町並みを形成している。伝建制度自体は比較的規制が緩やかなものであり、現に生活が営まれている地域において有効な保存活用制度とも言えるが、実際に歴史的な建造物を保存し、活用していくには、経済的にも防災上も困難な課題も多い。そうした事情の中で歴史的建造物を核としたまちづくりの基礎をつくった小山高専の河東先生や現在精力的に活動を推進している苅谷先生、そして地域住民の方々の尽力には頭の下がる思いがする。やはり、ただ守るだけの消極的な保存を超えて、経済的な意味でも価値づけされていくことが歴史的建造物の保存、活用には不可欠といえよう。
 先述したように、ここ栃木市は作家山本有三のふるさとである。山本は下都賀郡栃木町(現栃木市)出身で、戦後、栃木市の名誉市民となった。現在の文化財政策の根本である「文化財保護法」は議員立法として成立したものであるが、実はその議案提出者の一人が参議院議員となった山本勇造(本名)であった。まさに戦後文化財保護政策の道を切り拓いた山本の故郷で、こうしたシンポジウムが開催されたことは極めて意義深く、今後の栃木市におけるまちづくりにおいて、防災、観光などさまざまな側面から「町並み」の先駆的な保存・活用が実践され、その手法が全国へと広まっていくことを願ってやまない。

<シンポジウム 午後の部>
浅野 幸子(早稲田大学地域社会と危機管理研究所招聘研究員)

 今回の秋季大会は関東都市学会と、小山工業高等専門学校の教員が中心で本学会員の早稲田大学浦野教授もメンバーとして関わる、科学技術振興機構「コミュニティがつなぐ安全・安心な都市・地域の創造」領域「伝統的建造物群保存地区における総合防災事業の開発」プロジェクト(以下、プロジェクト)、および栃木蔵のまち小論文コンクール実行委員会との共催である。そのため、将来まちの担い手となる市内の高校生たちに2050年の栃木のまちを描いてもらった小論文の中から優秀な作品が、会場にポスターの形でビジュアル化・掲示されており、来場者はシンポジウム開始前に、まちの将来像を構想した高校生たちの説明を聞くことができる設定となっていた。
 赤十字の部活動を通した地域住民との防災学習の場づくりの事例。桜の植樹で美しく恋も芽生えやすいまち並みづくりにしようという提案。さらにペットを飼う高齢者が増えていることから、通り面の伝統的な街並みは生かしつつもドッグランを備えたカフェなどを構想。年老いても家族同様のペットや若い世代ととともに、温かく交流しあいながら暮らせる福祉のまちづくりの提案など、自由な発想が展開されていた。持続可能なまちづくりを展望するということは、まさにこうした世代を超えた柔軟な対話・交流の中にこそあると、そう思わせてくれる企画であった。
 シンポジウムは、プロジェクトにかかわる専門家と、市内のまちづくり関係者の参加のもと、早稲田大学の浦野正樹教授と小山高専の豊川斎赫准教授のコーディネートで進行した。まず、栃木市の街並み研究・まちづくりに長くかかわってきた小山高専の河東義之名誉教授から基調講演をいただいた。明治以降、どのように市内の大通りを中心としたまち並みが変貌してきたのか写真や地図で解説。特に戦前・戦後すぐの活気ある様子から、昭和30年代を経て中心市街地がさびれていく中、他地域に先駆けてアーケードと外壁などを取り外していき、見世蔵などの伝統的な家並みを取り戻していく様子には感動を覚えた。しかし、伝建地区に指定された嘉右衛門町がある北部に比べ、南部は伝統的建造物が点在している状態でまとまりのある街並みとは言い難い。高齢化、建物の維持、中心市街地の空洞化、防災と課題のある中で、こうしたまち並みをどう位置づけ価値を見出し、維持・発展させていくのかが改めて問われた。
 次に、法政大学大学院の黒田英一客員教授と、ネットワークとちぎの佐山正樹さんからそれぞれ、現在の栃木市の置かれている状況や、地域活性化の取組み状況について報告があった。また、元文化庁文化財監査官として伝統的建造物群保存地区制度の運用に関わってきた小山高専の苅谷勇雅校長からは、制度の内容・意義などについて歴史的経緯を踏まえて解説があった。
 その後、関東都市学会会長の井上繁常磐大学教授らコメンテーターを交えて引き続いてディスカッションが行われたが、伝建地区の指定についての、地区全域にわたって美しい景観を保持していなければならないとの考え方に固執せず、伝統的建造物が点在しているような地域でも指定し支援していくべきではないか?という意見にハッとした。伝統は重要であることは疑いないが、くらしや人々の嗜好は日々変化している。柔軟性をもってこそ、本当の意味で伝統の維持が可能なのではないか?お世辞にも地域全体の顔が整っているとは言い難い市内南部とその運河沿いに観光客が来ることからも、人々を惹きつける伝統ある街並みにはバリエーションがあっていいのではないか…?ここに、住まい方との調和による、地域の持続性の可能性のヒントがあると思われた。なお、本プロジェクトに関わっている川副早央里いわき明星大学客員研究員(早稲田大学大学院)の「高校生たちのまちの将来構想は、どのように今後の活性化に生かし得るのか?」というコメント対する応答が関係者からなかったことは大変残念であった。


2013年度秋季大会・エクスカーションの様子

2013年度大会・シンポジウムの様子

【研究例会を開催しました】

■ 日時:2013年9月21日(土) 15:00〜17:30

■ 場所:東洋大学 白山キャンパス 8号館3階 8301教室

■ 内容
報告1 東莞市における電子産業の現状と発展可能性について
李 南君(高崎経済大学大学院地域政策研究科 博士後期課程)

報告2 自然資源を活かしたエコツーリズム〜榛名山周辺地域を事例として〜
バヤンサン プルフドルゴル(高崎経済大学大学院地域政策研究科 博士後期課程)

報告3 ジャカルタの巨大都市化とカンポンの変容
細淵 倫子(首都大学東京大学院人文科学研究科 博士後期課程)

■ 例会印象記
関東都市学会研究例会 印象記
杉平敦(東京大学大学院)

 白山神社の祭礼で賑わう秋晴れの2013年9月21日(土)、東洋大学にて秋季研究例会が開催された。報告は3件で、顔ぶれやテーマから非常に国際色の強いものとなった。
 まず、李南君会員による報告「東莞市における電子産業の現状と発展可能性について」が行われた。この研究はリーマン・ショック以降の華南・華東での企業の大量倒産を受けて、広東省・東莞市における電子産業(電子部品工業等)の現状と発展可能性を分析するものであった。分析は定量分析とアンケート調査とヒアリング調査の3種類を用い、それらを総合しながら、@東莞市の電子産業にはまだ発展の余地があり、Aそのためには現地企業の自己努力を前提としたイノベーションが必要で、B現地企業と外資企業の連携強化や地方政府の中小企業支援策の簡易化が課題である、と結論付けられた。
 会場からは、企業の規模や種類、研究開発部門の有無、従業員の属性などに関する質問があった。また、アンケートの回答数が少ないことについて、関係機関の協力を仰ぎつつ再び実施すべきことや、企業戦略の分析に関して、企業の規模や設立目的を踏まえつつ分析すべきことなど、今後の研究に有益な意見も数多く出された。熱意を持って多様な分析を試みただけに修正も困難ではあるが、それを乗り越えた後の成果は非常に期待される。
 次に、バヤンサン・プルフドルゴル会員から「自然資源を活かしたエコツーリズム 榛名地域を事例として」という報告があった。環境保全を観光・地域振興に結び付ける「エコツーリズム」の紹介に続いて、高崎市の観光についての問題点として、榛名地域(榛名湖周辺)における高山植物の衰退が取り上げられた。この問題はこれまで、観光客誘致を優先した環境づくりが原因と捉えられてきたが、この報告では高山植物の現地での生育状況や理想的な生育条件の詳細な検討を通じ、逆に人間による環境整備(ササ刈り等)が適切に為されなくなったことが原因とされた。そして、これら稀少な自然資源を活用しつつ保全していく方法としてエコツーリズムが重要という結論に至った。
 会場からは、エコツーリズムを通じて目指される自然と人間との共存のあり方や、人間の環境管理を復活していく手順について質問があった。他に、より多くの先行研究に当たるべきことや、自然を保全していく人間の努力をも地域資源と見做すべきことが意見として伝えられ、地域の自然・人的資源を保護・育成していく方法の幅広い考察が待たれる。
 最後は、細渕倫子会員の「ジャカルタの巨大都市化とカンポン社会の変容」であった。「カンポン」とは、巨大都市ジャカルタの中にあって開発から取り残された都市空間を指し、ジャカルタの住民の6割を擁するとされている。報告では、この地域の歴史を紐解きながら、カンポンの形成が巨大都市化と密接な関係を有していることが明らかにされた。その過程で、カンポンは必ずしも「未開」「貧困」「不潔」と結び付くものでもなく、形成過程も構成集団も一様に見ることはできず、「カンポン」の定義さえ人々の意識によって揺れ動くことが判明した。今後はカンポンの類型化を通じて各々の動態・政策・意識などを細かく見ていくと共に、ジャカルタ全体の社会構造とも関連付けることが課題とされた。
 会場からの質問では、「カンポン」の概念の複数性や定義の多様性、先行研究における取り上げられ方、さらには社会構造や生活行動との関連などが問われ、高い関心を惹き付けたことが伺われた。行政側のデータには表れにくい住民の実感に即した「カンポン」を、今後どのように定義していくかは、非常に興味深い。


【2013年度 春季大会を開催しました】

■ 日程・場所
日 時: 2013年5月25日(土) 12:30〜18:00
場 所: 首都大学東京 南大沢キャンパス 1号館 107教室

■ 自由報告(12:30〜13:50)
「都市におけるオープンデータ推進の課題と可能性」
早田吉伸・前野隆司・保井俊之(慶應義塾大学)

「欲求連鎖分析と即興劇を用いた地域の居場所のデザイン手法の研究」
坂倉杏介・白坂成功・保井俊之・前野隆司・飯盛義徳(慶應義塾大学)

「震災対策と行財政改革」
金子光(明海大学)

■シンポジウム(14:00〜16:50)

テーマ「防災まちづくりの成果と課題
              −「防災」「まちづくり」の変遷と地域社会の変化」
【企画趣旨】
 東日本大震災の発災から2年が経ち、今なお復興には困難がつきまとっている。その支援もままならぬなか、今後起こりうる首都圏直下型地震への対策も急がれている。このような時期に「防災まちづくり」を考えることには、どのような意味があるだろうか。
 まずは「防災」と「まちづくり」が、1995年の阪神・淡路大震災と2011年の東日本大震災を経て、独特の結びつきを見せるようになってきた状況を踏まえなければなるまい。もちろん、数多くの震災や戦災を経てきた日本の諸都市では、「防災」が常に都市計画の念頭に置かれてきた。その中で、建物の大型化・不燃化による街区の集約、大型商業・文化施設による地区の活性化(街並みの「刷新」、地域社会の「創出」)が主流を占める現状は、ある意味で原点回帰と見られるかもしれない。
 これに対し、1980年代から90年代半ばに注目された住民参加型まちづくりの幾つかは、そうした事例とは違った独自の形で「防災」を目指してきたものである(街並みの「修復」、地域社会の「維持」)。今回のシンポジウムでは、震災以前から取り組まれてきた「防災まちづくり」の成果と課題を踏まえつつ、その新しい可能性にも着目したい。それらのまちづくりが何を目指してきたのか。今次の被災にはどのように応え、今後の防災にどのような示唆を与えるのか。あるいは逆に今回の被災を経て、それらの「防災まちづくり」の目的や手法が変化することはあったのか。具体的な事例を見ながら改めて検討したい。
 はじめに、墨田区耐震補強推進協議会の岡本博氏から、密集市街地整備と地域社会の創出・維持の関連についてご説明いただく。様々な交渉の中から理想の地域社会・防災体制のあり方が導出されていく過程について、お話しいただく。
 次に、墨田区・京島地区にて住民の生活に深くかかわる形で地域調査とまちづくりに携わられた藤女子大学の三宅理一氏からお話しを伺う。住民参加による修復型まちづくりの先進事例について、なぜそのようなまちづくりが選ばれたのか、なぜそれが可能であったのか、また、この地域のまちづくりが現実の震災に際して十全に対処しえたのか、あるいは何らかの課題を残したのか、阪神・淡路大震災や東日本大震災を受けてまちづくりが目指すものやまちづくりに求められるものはどのように変わってきたのか、といったことをご教授いただく。
 最後に、これまで多くのまちづくりに参与され、地域社会の存続・活性化や景観保全の観点から積極的に見解を発してこられた早稲田大学の川西崇行氏にご発言いただく。ともすれば相反するものとしても捉えられがちな「防災」と「地域社会・景観」との対立・協調の事例、その歴史的経緯、制度的変化などを、墨田区の事例に限らず幅広くご紹介いただく。その上で、街並みの修復と地域社会の維持を主眼としたまちづくりが、防災という観点から見た場合いかなる問題を孕み、いかなる可能性を有するかを、理論的な側面からご説明いただく。
 コメンテーターとしては、「防災まちづくり」の調査・事例収集に数多く当たられてきた専修大学の大矢根淳氏、各地の「まちづくり」に関与され再開発区域での住民の聞き取り調査なども実施された弘前大学の平井太郎氏にご登壇いただく。「防災」と「まちづくり」を多面的に再考する議論を展開していただけることと期待される。
(文:研究活動委員 杉平敦)

【解題】  杉平 敦  (東京大学大学院)
【報告者】 岡本 博  (墨田区耐震補強推進協議会)
       三宅 理一 (藤女子大学)
       川西 崇行 (早稲田大学)
【コメンテーター】
       大矢根 淳 (専修大学)
       平井 太郎 (弘前大学)

■総会 ・理事選挙 17:00〜18:00
■懇親会   18:15〜20:00

■ 大会印象記
2013年度春季大会自由報告・シンポジウム印象記
須藤 直子(早稲田大学大学院 博士後期課程)

 2013年5月25日(土)、首都大学東京南大沢キャンパスにおいて、関東都市学会春季大会が開催された。前半に3本の自由報告と、後半に「防災まちづくりの成果と課題−『防災』『まちづくり』の変遷と地域社会の変化」と題したシンポジウムが行われた。自由報告およびシンポジウムについて、それぞれ所感を述べたい。

〈自由報告〉
 第一報告は、早田吉伸氏・前野隆司氏・保井俊之氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科)による「都市におけるオープンデータ推進の課題と可能性」である。米国や英国においては、2009年頃から「オープンデータ」を活用して公共の課題を官民の恊働で解決する「オープンガバメント」の実現を目指す取り組みが始まったが、日本においては東日本大震災を契機にようやく検討が始まり、現段階ではまだシステム整備に着手したばかりであることが紹介された。フロアからは中央政府・地方政府・NPOや市民といった「各部署の役割分担の不明確さ」が指摘され、早田氏は今後日本で運営を強化していくにあたって、官民連携の仕組みを構築していくことの重要性を強調した。政府主導の一方向的な課題解決ではなく、市民側からの直接的な課題へのアクセスを可能にするオープンデータの有効性が明示された、興味深い報告であった。
 第二報告は、坂倉杏介氏・保井俊之氏・白坂成功氏・前野隆司氏(慶應義塾大学)による「欲求連鎖分析と即興劇を用いたまちの居場所のデザイン手法の研究」である。近年、日本各地で増加しているとされる地域住民の交流拠点である「まちの居場所」について、「芝の家」を事例としながら運営の仕方のデザイン手法が検討された。来場者の利用には段階的変化があることを踏まえながら、その来場者の行動段階の変化にあわせて、スタッフの役割を変化させることの重要性が指摘された。具体的には、来場者の利用目的を「欲求連鎖分析」から把握し、来場者の利用の仕方を「即興劇の実演」によって体得するというものである。財政面から「居場所」の閉鎖を余儀なくされるケースも多い中、運営を継続していくための一つの実践的な可能性を示した貴重な報告であった。
 第三報告は、金子光氏(明海大学)による「震災対策と行財政改革」である。東日本大震災をめぐって展開された、過去2年間の学術的議論を文系・理系にわたって整理し、1960年代以降に議論された行政改革における一連の震災対策に、東日本大震災はどのように位置づけられうるかが検討された。1960年代より、震災対策に関連して総合調整が絶えず議論されてきたことを指摘した上で、時代とともに震災対策は変化しており、東日本大震災以降は特に財源問題が中心になっていることが報告された。しかし、論者によっては「地域」をひとくくりに見る傾向が強いことから、金子氏は自治体ごとの被害状況や地域構造の違いを見極め、それに合わせた財源措置を的確に行うことが必要であると強調した。骨の折れる膨大な議論の整理から導かれた論点は、説得力のあるものであり、金子氏による具体的な行財政改革への提言が今後期待されるところである。

〈シンポジウム〉
 「防災まちづくりの成果と課題−『防災』『まちづくり』の変遷と地域社会の変化」と題したシンポジウムでは、岡本博氏(墨田区耐震補強推進協議会)、三宅理一氏(藤女子大学)、川西崇行氏(早稲田大学)が登壇し、それぞれ木造密集市街地の耐震補強や空き家をめぐる課題と、都市防災の今後のあり方について提起がなされた。
 岡本氏は、観光都市を目指す墨田区において「都市防災のアキレス腱」である木造密集地域が、「都市の限界集落的様相」を呈していると指摘し、岡本氏が関わっておられる耐震補強の取り組みとその困難性を紹介した。その中で、岡本氏の原体験とも言える「慰霊祭と縁日の併存」のような「恵みと災い」を同時に見せる空間が、防災への意識を高める一つの方法として有効ではないか、と提起した。また、三宅氏は、2001年から2005年まで行われた墨田区京島における「アーティスト・イン・空き家」を取り上げ、木造密集地域における「作品展示」としての空き家の活用方法を紹介した。下町に派遣された海外のアーティストの哲学的および芸術的作品は、生活者である地元住民からは理解されにくい側面があったものの、街の潜在資源を見出し、活用していくことの重要性を強調した。さらに、川西氏は、建物の耐震に関して「危ないから壊せ」といった論理から、これまでの都市計画や防災計画が大規模開発を押し進めてきたことを指摘した上で、過度な建て替えの煽りは、住み手の不安喚起に拍車をかけるものであると警鐘を鳴らした。また、今後の都市防災を考える上で、直近の被害形態のみを見るのではなく、100年先を見据えることを可能にする都市災害史あるいは都市復興史が必要であると提案した。
 以上の三報告に対して、コメンテーターの大矢根淳氏(専修大学)は、「防災とは、誰が、どういう災いを防ぐのか」をめぐる問題であり、「被害を想定すること」と、「実被害をどう防ぐことができたのか」という二つの水準を考える必要性を指摘した。また、平井太郎氏(弘前大学)は、「防災とは、誰のための、誰による、誰に関連したものなのか」と問い、それらを明確にさせることが重要であると指摘した。大矢根・平井両氏によるこれらの提起は、防災をめぐる「主体」(誰が/誰による)をいかに捉えるかという議論であろう。この提起に対して、岡本氏は自分(わたし)が暮らすまちの町会や自治会を媒介として、防災へコミットすることの重要性を指摘し、三宅氏は「主体」を考える上で「私」は誰なのかを問うことが、防災やまちづくりにおける目的を設定することと不可分であると応答した。また、川西氏は、古いコミュニティが必ずしも防災に寄与するとは限らないことを指摘しながら、「公的」や「公共」の再考が、防災をめぐる「主体」を逆照射することにつながる可能性を指摘した。

 以上、報告者およびコメンテーターによって展開された「防災をめぐる主体」という論点は、これまで行政が主導した都市計画や防災対策の指針と、各地域(ローカル)における生活の論理との間に生じた溝あるいはズレをいかに克服するか、という課題へと接続されるものである。確かに、都市防災、特に首都圏をめぐる防災あるいは減災については、取り組むべき課題が尽きないことを改めて痛感する。しかし、それらの課題の解決の糸口は、ともすれば、前半の3本の自由報告が示唆した、行政と地域住民をつなぐ実践のあり方、また個々の地域に見合った震災対策や財政措置を模索する可能性に見出すことができるかもしれない。本大会の自由報告およびシンポジウムを拝聴して、個々の事例において積み上げられた議論を、全体論へと敷衍していくこと、またその一方で、全体論と個々の事例との往復運動を繰り返すことの重要性を改めて自覚することができた。


【2013年3月研究例会を開催しました】

■ 開催日時 2013年3月17日(日) 15:00〜17:30
■ 開催場所 公益財団法人後藤・安田記念東京都市研究所 5階第1会議室
■ 報告
(1) ソーシャル・キャピタルの測定とその課題
   ―世田谷区「住民力」調査を事例に
小山 弘美(せたがや自治政策研究所 特別研究員・首都大学東京大学院 博士課程)

(2) 災害復興地域における交通ネットワーク整備の現状と課題
   ―島原半島を事例として
宝田 惇史 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程)

(3) 多摩ニュータウンの中心と周縁―新文化都市開発の都市政治
林 浩一郎 (東洋大学 非常勤講師)

■ 印象記
関東都市学会研究例会 印象記
川副 早央理(早稲田大学大学院)

 2013年3月17日、東京都市研究所で2012年度第2回研究例会が行われた。今回は若手研究会で活躍されている3名からご報告いただいた。以下、各報告の概要と討論の一部をレポートする。
 第一報告は小山弘美氏による「ソーシャル・キャピタルの測定とその課題―世田谷区「住民力」調査を事例に―」である。調査結果からは地区センターの管轄範囲を単位とする地域の集合的ソーシャルキャピタルに地域差があることが報告された。地域の共同性をさらに詳細に分析すべく行った聞き取り調査の結果からは、住民力が高い地域ではPTAを中心に新しい住民層を獲得し、地域内でゆるやかなつながりが維持されている一方で、住民力が低い地域においても地域活動が盛んに行われており、活動の広がりや過去から活動の継承がみられ地域内では一定の効果が確認されたという。このことから地域や住民にとって重要な個別具体的な活動の効果は、個人を対象とした計量調査では測定ができず、活動の外部性を鑑みれば地域や個人への影響は大きいこと、現在を切り取って調査するだけでは不十分であることが示され、地域の集合財としてのコミュニティパフォーマンスを測る指標を新たに模索する必要性が論じられた。会場からは、調査対象を区民全員ではなく主体的住民である「市民」とすべきではないか、地域レベルを行政区分に設定することは妥当かなど、マクロレベルの効果を捉えるための指標と対象設定の課題と可能性に議論が集まった。地域の集合的な共同性を数値化して評価する試みは興味深く、変数や対象者、調査方法を含めさまざまな可能性が考えられ、今後の研究の展開に期待が高まる。
 続く第二報告は、宝田惇史氏の「災害復興地域における交通ネットワーク整備の現状と課題―島原半島を事例として―」であった。1990年に雲仙・普賢岳噴火災害を経験した島原半島の交通の復旧復興過程において、「島原鉄道の高架方式線路」の災害復旧工事が関係者の熱意と支援によって実現したにもかかわらず、復旧完了から約10年後に島原鉄道南線が廃止され、長崎県を中心に策定された「島原地域再生行動計画」で位置づけられた眉山トンネル(島原道路)が建設されるという二つの大きな展開があった。鉄道廃止が赤字を理由に正当化され、代替バスの持続可能性が懸念される状況となり、地域経済が衰退したという住民意識が広まった結果、道路建設を一層強く求める声につながり、この二つの事業の連鎖構造が作られていった。しかし、実際は鉄道(および代替バス)の公共交通利用者と島原道路利用者の大部分は重ならず、この状況は地域社会内でも生活形態や居住位置によって受苦と受益の格差が存在するとする「格差自存型ジレンマ」(船橋1998)の構図であると指摘された。会場からは、地元負担率などの制度や整備事業内容に関する質問があり、全体的な都市構造の基盤と整備事業がいかにリンクしているかをいう点が必要ではないかという提案も出された。交通に軸をおきながら災害の影響と長期的な地域社会の変動を描いた貴重な報告であった。
 第三報告は、林浩一郎氏の「多摩ニュータウン開発の中心と周縁―新文化都市開発の都市政治―」では、多摩ニュータウン開発を誘致した大地主と多摩市最後の地付き市長のライフヒストリーを通じて、ニュータウンの中心にそびえる複合文化施設パルテノン多摩が建設された経緯に関する都市政治を考察された。パルテノン多摩は、多摩市の革新化を恐れた住宅・都市整備公団と、国・都からの補助金を得て集合的消費手段を整備したい最後の地付き市長との協調・共依存によって生み出された。短期的に見れば、この「保守再連合型・企業誘致=民活レジーム」は双方にとってメリットがあったが、結果的にはニュータウンの大商業核は住宅公団関連会社に譲渡され、離農した生活再建者は周縁部の小商業核に誘導されて廃業へ追い込まれていった。最初の地付き市長の思いとは逆らうかたちで地付き層が土地も地元政治も地元産業も失っていったニュータウン開発の一側面を描いた報告であった。地付き層小作や新住民などの移動や職業の変遷、意識に関する質問が出され、多摩ニュータウン開発をめぐる地域社会全体における地主や地付き層の位置づけへの関心が集まった。丹念な調査に基づき、個人のミクロな動向とマクロな政治状況との関連で地域構造の変容を描き出したディープな報告であった。
 3報告とも継続的な地域調査に基づいた研究成果を発表され、大変濃密で興味深い報告であった。尽きない議論は研究会後の懇親会でも引き続き行われた。


【関東都市学会 秋季大会を開催しました】

■ 開催地: 千葉県浦安市
■ 主催 : 関東都市学会   
■ 日程:平成24年12月15日(土)

■ エクスカーション
11:00 エクスカーション
 シンポジウムでとりあげる、浦安地区の震災被害の現状を視察しました。

■ 大会
 13:30〜16:30 会場:明海大学 講義棟2502教室(5階)

□ シンポジウム 「都市型災害の現状と課題―浦安市の経験から」
○ 趣旨
 東日本大震災は、大都市部でも大きな被害があったものの、主として地方中小都市や漁村農村などに被害を及ぼした災害としてとらえられている。そうした中で千葉県浦安市は、大規模な液状化に見舞われ、大都市型の震災被害の顕著な例を示している。関東都市学会では2012年春季大会で「東京における『事前復興』の歴史と現在―東日本大震災を踏まえて」をテーマに大都市における災害を扱ったが、このテーマをさらに追求するため、浦安市を取り上げて被災地の現状を見、関係する専門家の方々から話を伺い議論を深めることとした。
 発災から1年9か月が経過し、浦安市は元の整然とした街並みを取り戻しつつある。しかし市内のいたるところで復旧工事は継続し、足を止めて観察すると道路の端に盛り上がりが残っている。エクスカーションでは、液状化被害の大きかった地区の一つである今川、境川の護岸復旧工事の様子、高洲中央公園などの現状を見学する。午後のシンポジウムでは震災発生時に明海大学不動産学部長として対応に当たられた林教授、復興計画策定を担当した浦安市市長公室政策企画課の醍醐室長、防災計画の立案や実施を行う防災都市計画研究所の吉川所長に発言をいただく。さらに地震を浦安のキャンパスで経験した金子先生に、地震発生時の様子や液状化を実際に目撃された経験についてお話しいただく予定である。
 今大会は例年の運営とは異なり、一般公開とせず参加者を会員およびその知り合いの研究者や学生に限定して掘り下げた議論ができるようにということを目指している。当初、ワークショップ形式で議論できないかと考えたことから出発している。
 今大会開催に当たり、会場の提供のほかさまざまな点で明海大学の金子光准教授に相談にのっていただいた。企画の最終的責任は熊田にあるが、実質的に金子准教授と熊田と共同でコーディネートしたものである。

○ プログラム
13:30 受付開始
14:00 開会の辞(井上繁関東都市学会会長)
14:10 パネルディスカッション
報告者
 林亜夫 (明海大学)
 醍醐恵二 (浦安市市長公室企画政策課)
 吉川忠寛 (防災都市計画研究所)       
コーディネーター・司会
 熊田俊郎(駿河台大学)

■懇親会
17:00〜19:00 ニューマリンズ(明海大学浦安キャンパス内)

■ 大会印象記
野坂 真(早稲田大学大学院 博士後期課程)

 12月15日(土)、関東都市学会2012年度秋季大会が千葉県浦安市で開催された。生憎、朝から冷たい雨が降る中での開催となったが、今大会を通じ、東日本大震災が持つ都市型災害の様相を考える上で非常に重要な知見を得られた。以下、その概要と感想を述べる。

<エクスカーション 午前の部>
 11時に新浦安駅改札前に集合し、資料が配布され、企画者の熊田俊郎氏(駿河台大学)より簡単な説明会が行われた。コースは、新浦安駅⇒境川⇒今川地区⇒高洲地区⇒高洲中央公園というコースである。道路の被害はそこまで大きくはないものの(被害レベル大中小の中)、液状化被害の大きな地域である。
境川では、護岸歩道の復旧工事が行われている様子が目に飛び込んできた。歩道の路面が完全に崩壊しており、また橋へと登る階段は仮設のものであり、地震被害の大きさがうかがわれた。今川地区には高級住宅と中層マンションが立ち並び、落ち着いた町の雰囲気が醸し出されていた。しかし、歩道と住宅の境をよく見ると、住宅が5〜10cmほど浮き上がっている。住民は浮き上がった箇所にグレーチングなどを台代わりに置いたりアスファルトで舗装することで、補修しているようだった。金子光氏(明海大学)の説明によると、3.11当時は地下から湧き出た泥水がスネのあたりまで達し、歩行が困難な状態だったという。液状化被害の様子をよく物語る貴重な説明であった。
 高洲地区の被害は深刻だった。1m以上突き出したマンホール、20cmも浮き上がった住宅など、当時の様子が生々しく残っていた。しかも、高洲地区は超高層マンションが立ち並ぶエリアであり、非常に多くの人々がこの地区にとり残されたことが予想される。地震発生後の避難生活が大変過酷なものであることが、歩くだけでうかがわれた。最後に、高洲中央公園に向かった。高洲中央公園には、液状化によって地中から大きく飛び出したマンホールが今も残っている。住民と行政の間で、モニュメントとして残すかどうかが争われている、まさに浦安にとっての東日本大震災を象徴する場所であった。12時30分、エクスカーションはここで解散となった。

<シンポジウム 午後の部>
 14時からは、エクスカーションで見聞きした浦安市における被害と復旧の実態も踏まえつつ、明海大学においてシンポジウムが開催された。シンポジウムでは、「都市型災害の現状と課題―浦安市の経験から」と題し、現地で震災後の様々な課題を経験し対応してきた林亜夫氏(明海大学不動産学部)、醍醐恵二氏(浦安市市長公室企画政策課)、および首都圏の防災に関して長らく研究・実践してきた吉川忠寛氏(防災都市計画研究所)を報告者に迎え、非常に濃密な議論が行われた。
 林氏からは、「東日本大震災―明海大学・浦安市の被災と対応」と題し、3.11当日の大学付近の様子を撮影した映像も示しつつ、明海大学や浦安市が今回の震災でどのような被害を受け、その後対応していったか、また今後の浦安市における復興を考える上で重要となる観点が報告された。被害・対応については、液状化による建造物の損壊程度の認定や土地の境界確定、下水道管の復旧の遅れ、および学生(留学生含め)の賃貸住宅への支援制度に関する課題が生じ、対応していったことが述べられた。こうした被災・対応を受け、毀損した不動産価値の回復は難しく、浦安市がこれまで通りの優良住宅のベッドタウンとしての発展は難しいことが指摘された。その上で、シニアコミュニティ(Continuing Care Retirement Community)、環境共生型新産業の育成で雇用を生み出す町、エネルギー問題に配慮した移動手段を備えた町、など新たな要素からまちの魅力を創出していく必要性が提言された。
 醍醐氏からは、「東日本大震災でのGISの活用と今後の課題」と題して、土地利用の変遷や震災直前の浦安市の実態も踏まえつつ、GISのデータを基に浦安市の被害概要や今後の復興課題について報告された。被害概要については、GISのデータから、浦安市内各地区における、震災前後での標高の変化の分布、PL値(液状化指数)の分布、人口移動の分布などを示すことで、浦安市における被害実態が視覚的に説明された。GISのデータからは分かりやすく被害実態を捉えることができる反面、個人情報保護の壁により基になるデータ(固定資産税など)が行政職員でさえ入手しにくいことが課題であることも指摘された。復興については、人口・経済状況について右肩上がりの状態が長く続いてきた浦安市が、震災後に人口減を始めて経験したことから、復興に向け綿密な調査や検討が必要であることが指摘された一方、右肩上がりしか経験していない役所の職員しかいないことから様々な課題も生じてくるのではないかという危惧も示された。
 吉川氏からは、「東日本大震災と首都直下地震の『想定外』」と題して、東日本大震災の津波被災地域での事例から、「想定外」というキーワードを基に首都直下地震における防災で重要となる観点が報告された。防潮堤などハードの防災施設や過去の浸水範囲の経験など「想定外」を想定しない想定によって大きな被害が生じた東日本大震災の津波被災地域における事例から、地域の中で十分に議論した結果を基に、現在の予防対策や応急対策では対応不可能な部分もあることを明示することが重要であると指摘された。つまり、「想定外」を想定し、対応可能な部分と対応不可能な部分の線引きを明確にすることで、現在住んでいる地域が持つリスクを覚悟し災害時に的確に判断できる防災意識の重要性が論じられたのである。こうした知見から、首都直下地震でも、被害想定の前提条件情報の開示や、特定の地域において連鎖していく被害のシナリオを時系列で描き具体的にイメージすることが重要であるという知見が示された。

 今回、東日本大震災後に初めて浦安市を視察したが、その被害の大きさ、長期性、広域さに驚愕した。震災から1年半以上経った現在においても、路上のマンホールすらそのままになっている。また、住宅は簡易に補修した程度である。また、今川地区は海から1.5kmほど内陸に位置しており、かなり海から離れているという印象を筆者も持った。しかし、実際は深刻な液状化被害が発生したのである。そして、午後のシンポジウムでは、高級住宅地としての機能に限界を迎えていた浦安市が、今後どのような方向性で復興を議論していくのかが非常に難しいことも示された。東北地方が被災地として焦点化される中で盲点となってしまっている首都圏における東日本大震災後の課題や教訓の一端を見ることのできる非常に有意義な機会であり、今後の首都直下地震における防災を考える上で大変重要な経験であったと考えている。


【関東都市学会 研究例会を開催しました】
■ 開催日時:2012年9月29日(土) 15:00〜17:30
■ 開催場所:駿河台大学法科大学院 701教室 
■ 研究報告
報告1 「地方自治からこの国を考える」
小林修(まち・集落研究室)
報告2 「公共牧場のあり方に関する考察」
スミヤ ゲレルサイハン(高崎経済大学大学院 地域政策研究科 博士後期課程)
報告3 「都市寺院と地域との共生についての研究―都市寺院の緑地空間について―」
北川順也(法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程)

■ 例会の様子
関東都市学会研究例会 印象記
杉平敦(東京大学大学院)

 関東都市学会研究例会は、9月29日(土)、本郷・小石川近辺を見下ろす駿河台大学法科大学院で行われた。この時期にしては珍しく晴天に恵まれ、駿河台の丘の上は、素晴らしい眺望と秋風とを堪能できる好日であった。
 まず小林修氏から「地方自治からこの国を変える」という報告があった。小林氏は「松本市議会ステップアップ市民会議」での経験から、市民の市町村議会への無関心や、議会の村社会化といった問題点を見出した。これを解決するため、間接民主主義と職業議員を廃し、市民が日常生活の感覚で参加できる議会を市民の側から立ち上げる必要がある、という力強い主張が為された。非常に大胆な改革案であるため、会場からは制度作りの困難についての具体的な質問もあった。これについては、各市町村独自の工夫や、市町村議会を通じて国を変えていく必要性が説かれた。また、現在の議員の努力で政策形成能力のある議会を作っていくべきとの提案に対しては、現制度下の議会にその能力は無く、根本的な制度改革が必要という、決意に満ちた答えが得られた。
 続いてスミヤ・ゲレルサイハン氏が「公共牧場のあり方に関する考察」という報告を行った。公共牧場というのは、地方公共団体などが設立・運営し、他の牧場から家畜の預託を受けて育成や人工授精を行う施設のようだ。スミヤ氏は、北海道を中心とする93の公共牧場にアンケート調査を行い、そこから得られたデータを詳細に分析された。その結果は、民間による運営が望ましく、事業内容は少なくも多くもないのが理想的というものであった。公共牧場についての知識が共有されていないこともあり、会場からは説明の補足を求める質問が目立った。用語の解釈やデータの読み取りに多くの疑問が残されるものの、視点と問題意識は明確であり、今後の分析の発展と議論の精緻化が期待される。
 最後の報告は北川順也氏の「都市寺院と地域の共生についての研究」であった。北川氏は、これまで地域コミュニティの中心として親しまれてきた寺院が今日の人々のニーズに応えられているかを問題とし、都市寺院の歴史的・文化的ストックとしての側面、とりわけ、都市に残された貴重な緑地としての一面に着目する。その上で、東京都23区内の2つの寺町を実地調査し、地域の地勢・文化・歴史などが緑地保全への意識の違いをもたらしている現状を描写する。結論として、寺院は多くの人々に安らぎを与えられる緑地空間を地域へ開放していくべきと述べられ、檀家制度からの脱却や地域への啓蒙活動・環境教育の必要性が論じられた。寺院そのものの生き残りの厳しさや、各地の自治体の取り組み・条例などとの関連についての質問に対しては、寺院それぞれの能力に応じて、都市全体としての緑地帯の形成に参加していくべきとの見解であった。
 以上、多岐に渡る3本の報告と様々な視点からのコメントによる、学際学会らしく有意義な例会となった。今後はこれら諸研究の知見を生かしつつ学際研究の総合的な発展を達成していく方策を、学会全体の課題として考えて参りたい。


【関東都市学会 春季大会を開催しました】

日 時: 2012年5月26日(土) 12:30〜17:40
共 催: 日本都市学会
場 所: 東京農業大学世田谷キャンパス 1号館1階 112教室

■自由報告    12:30〜14:20
スミヤ ゲレルサイハン(高崎経済大学大学院)
「モンゴルの酪農業の現状―ウランバートル近郊の酪農家を事例として―」
野坂 真(早稲田大学大学院)
「地域産業から見る過疎地域における災害復興―能登半島地震から東日本大震災へ―」
曽我 浩  (大和市役所)
「被災宅地危険度判定業務について―盛り土情報の提供について(試案)―」
早田吉伸・保井俊之・白坂成功・前野隆司(慶應義塾大学)
 「都市行政における創発的協働プラットフォームの有効性:マルチステークホルダーによる政策創造システムの事例による数量的検証」
※会員による東日本大震災関連の調査研究や支援活動の紹介資料の配布コーナーを、会場に設置いたします。自由報告の最後にも、ご紹介する予定です。

■シンポジウム  14:30〜17:00 (シンポジスト名は登壇順、詳細は2ページ参照)
東京における「事前復興」の歴史と現在―東日本大震災を踏まえて―
【司会・解題】 大矢根 淳 (専修大学)
【報告者】 吉井 博明 (東京経済大学)
中林 一樹 (明治大学)
齋藤 実  (前東京都総務局総合防災部)
【コメンテーター】 吉川 忠寛 (防災都市計画研究所)
浦野 正樹 (早稲田大学)

■総会 17:20〜17:40
■懇親会 18:00〜20:00 東京農業大学(世田谷)17号館1階「カフェテリアグリーン」

【関東都市学会春季大会研究発表・シンポジウム(2012.5.26)の記録】

関東都市学会 春季大会印象記 (自由報告編)
鈴木 地平(高崎経済大学院)

 2012年5月26日(土)、東京農業大学世田谷キャンパスにおいて、関東都市学会春季大会が開催された。自由報告では4本の濃密な発表が行われ、それぞれ活発な議論が持たれた。
 スミヤ・ゲレルサイハン氏(高崎経済大学大学院)による「モンゴルの酪農業の現状 ―ウランバートル近郊の酪農家を事例として―」では、生乳生産及び乳製品加工業の現況・課題について社会主義時代と市場経済に移行した現在とを比較しつつ、5つの聞き取り調査事例を用いて、国・自治体の支援に基づく経営の効率化の必要性が述べられた。社会主義から市場経済への経済体制転換に伴う供給側の変容がよく理解でき、社会主義時代の長所(国・市の経営支援)と私的経営の長所(経営の効率化)をミックスした生産量拡大のための政策提言は、充分首肯できるものであった。
 野坂真氏(早稲田大学大学院)による「地域産業から見る過疎地域における災害復興ー能登半島地震から東日本大震災へー」では、東日本大震災で被災した岩手県大槌町の復興に向けて、2007年の能登半島地震で被災し、大槌町と人口規模・高齢者比率が近似した石川県輪島市における復興を事例に、直接的な震災被害だけでなく地域産業に与える影響の観点から2次被害・3次被害の危険性が指摘された。本格的な復旧・復興期をむかえる今日においてタイムリーな研究であり、ハード面が先行しがちな震災復興関連事業の中で、特に住民の生きがい・地域の魅力発信というソフト面も並行して進める必要性を訴えている意味で、示唆に富む報告であった。「仏作って魂入れず」では、野坂氏の言う復興の「+β」ではない、という強いメッセージが感じられた。
 曽我浩氏(大和市役所)による「被災宅地危険度判定業務についてー盛り土情報の提供について(試案)ー」では、東日本大震災復興支援の一環で発表者が昨年4月に行った被災宅地危険度判定業務の概要が報告された。また、「危険宅地」と判定された被災宅地が盛り土による造成地であったことから、「開発登録簿」等による盛り土・切り土造成に関する情報公開の必要性が訴えられた。都市計画法及び土砂災害防止法の「スキ間」となっている盛り土情報について、公開の必要性とそれに向けての課題とが整理された意欲的な報告であり、宅地のみならず、土圧が常時かかる道路やあまり荷重のかからない農地など、盛り土造成後の土地利用に応じた場合分けによる危険度判定を行うなど、実務的なガイドライン作成への発展性が感じられた。
 早田吉伸氏・保井俊之氏・白坂成功氏・前野隆司氏(慶應義塾大学)による「マルチステークホールダーによる協働型政策形成モデルのデザイン:都市行政における共同事例分析に基づくモデル化と有効性検証」では、システム工学を援用した政策決定手法と「フューチャーセンター」の概念を導入した政策形成のモデルが提案された。従来の政策形成プロセスでは、市民が政策策定に参加できるのは、政策決定前のパブリックコメントなど、ややもすると「遅い」段階に限られがちであったが、課題設定や政策立案など「アップストリーム」での市民参加が見られる現在、極めて高い有効性が想定されるモデルの提示であった。
 本会は「関東」都市学会であるものの、今大会の報告事例地は関東にとどまらず東北や海外にまで及んでおり、いつもながら会員の研究活動の幅広さを実感した。

関東都市学会春季大会シンポジウム 印象記 
楊 岩(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)

 2012年5月26日(土)、関東都市学会の春季大会が東京農業大学世田谷キャンパスで開催された。本大会では「東京における『事前復興』の歴史と現在-東日本大震災を踏まえて-」をテーマとするシンポジウムを企画し、防災・復興分野において長らく研究・実践してきた吉井博明氏(東京経済大学)、中林一樹氏(明治大学)及び齋藤實氏(危機管理勉強会 齋藤塾)を報告者として招いた。3氏はそれぞれ「災害対策法令の制定過程と復興対策」、「東京の事前復興」、「首都東京での先進的な取組事例?高齢者福祉施設のBCP策定ガイドラインと実践的な訓練」を題とする報告を行った。以下では、それぞれの報告内容を要約し、感想を述べたい。
 まず、吉井氏は戦後日本の災害対策法令の制定過程や「首都直下地震対策大綱(2010)」について概説し、日本の災害対策法令の特徴をあげ、復興について考える際の視点を提示した。その概要は以下の通りである。
 日本の災害対策法令(以下、法令)は「反省型」と「予測型」という2つの災害対策法令群に分類できる。「反省型」とは、災害発生後に顕在化した問題・課題を解決するための対策を法令化したものである。一方、「予測型」とは災害(特に地震)を予測・想定し、事前に準備を進めるための法令を指すものである。従来の法令は原形復旧が中心の発想であり、コスト・パフォーマンス、コスト・エフェクティブネスという発想がない。復興理念や計画は激しく変容している社会とのミスマッチが生じており、特に少子高齢社会への対応ができていない。事前復興計画は必要とされるが、被害の不確定性や事前の利害関係の調整が困難であるなど、その制定が容易なことではない。
 大震災のインパクトについて「強力影響(効果)論」と「限定影響(効果)論」があり、吉井氏は後者の立場に立ち、社会動向に逆らわない復興対策を考えるべきだと主張した。
 次に、中林氏は「阪神・淡路大震災」、「新潟県中越地震」及び「東日本大震災」という3つの震度7の地震災害を比較分析し、震災復興の際は「ヒューマンウェア」、「ソーシャルウェア」及び「ハードウェア」をセットに考える必要があると述べ、事前に復興対策を考案しなければ災害時の対応が間に合わないことを指摘したのち、東京都の事前復興の取組について紹介し、防災するには「想像力」と「創造力」という二つの「そうぞう力」の育成が不可欠であると強調した。また、激甚な被災からの復興計画は「総合計画」そのものであり、まちづくり目標を継承すべきであるとした。
 最後に、齋藤氏は東京都社会福祉協議会と協働した取組をとりあげ、高齢者福祉施設におけるBCP策定ガイドライン及びそれに関わる震災訓練について紹介した。その際、「事業継続こそが、最大の社会貢献」と述べ、老人ホームをはじめとする高齢者福祉施設は事業継続できなければ施設利用者を守られないという論点を掲げた。
 昨年3月11日の東日本大震災から1年の歳月が経過したが、今なお復興作業が行われている。この時期に開催されて今回のシンポジウムは非常に示唆に富むものであった。筆者は防災分野の専門ではないが、@都市機能が麻痺する際、災害弱者をどう支援するのか、及びA都市における産業機能の回復をどう支援するのか、という2つの課題に関心を持っており、今回のシンポジウムで得た知見を生かしながら、有識者との意見交換を継続的に行い、上述の課題を解決するための糸口を探りたい。


2012年度 春季大会の様子

【関東都市学会 例会を開催しました】

開催日時 2012年3月17日(土) 15:00〜17:30
開催場所 財団法人東京市政調査会 5階第1会議室

報告1
上越市における地域自治区制度の現状と課題
―政策形成基盤としての観点から―
内海 巌 氏 
(高崎経済大学大学院 地域政策研究科 博士後期課程、
 上越市創造行政研究所主任研究員)

報告2
スモールビジネスが育つ街:
産業・労働研究と都市研究の交わる問題領域で「街の起業家」について考える
下村 恭広 氏
(玉川大学 リベラルアーツ学部 助教)

関東都市学会研究例会 印象記
野口 穂高(玉川大学)

 2012年3月17日(土)、関東都市学会の研究例会が東京市政調査会市政会館にて開催された。外は生憎の雨天であったが、会場内では熱意ある報告と議論が交わされ大変充実した時間となった。本例会では、内海巌氏(高崎経済大学大学院)による「上越市における地域自治区制度の現状と課題―政策形成基盤としての観点から―」、下村恭広氏による「スモールビジネスが育つ街:産業・労働研究と都市研究の交わる問題領域で「街の起業家」について考える」と題する二つの報告がなされた。それぞれの報告について、その概要と感想を述べたい。

 まず、内海氏の報告は、真の地方分権社会の構築に向けて、地域社会の政策形成能力を高め、政策形成を促進する基盤を整備する必要があるとの課題意識に基づくものであった。氏は、このような基盤を「政策形成基盤」と名付け、「人や組織に働きかけ、まちづくりに必要な個人や地域の力を引き出し、効果的な政策を生み出す」組織、制度、空間、イベントとして定義している。そして、この政策形成基盤の要件を満たしうるものの一つとして、新潟県上越市の「地域自治区制度」を取り上げ、これまでの活動の評価を通じて、自治区制度の有効性、制度の効果を維持・発展させるための要件を整理している。 
 上越市の地域自治区制度の概要は以下のようである。上越市は、平成17年に旧上越市と近隣13町村が合併し新たにスタートした市である。この合併を契機に、市全域を28区に分ける形で地域自治区制度が開始された。各自治区には住民から選出された委員により構成される「地域協議会」が設置され、地域の意見を取りまとめ市長の諮問に対する答申を出したり、自主的な話し合いにより市政に対する意見を提出したりする。地域自治区制度の評価としては、「交流・議論」「ビジョン設定・共有」「地域活動」「学習」の4項目について、その促進度から判断するという。報告では、2つの区を事例として取り上げ評価をした。総括としては、上越市の事例は、@政策形成基盤としての要素を内在しており、潜在的な可能性を含むものであったこと、A区の自由裁量の度合いが大きく、その状況により改善・悪化の可能性が不明瞭であること、B補助金の付け替えや行政依存の強化の可能性など、運用や理解を誤ると逆効果であることを挙げた。また、今後の課題として、地域協議会委員へのアンケート調査の分析、政策形成基盤の理論構築の強化、他の政策形成基盤のケーススタディが挙げられた。会場からは、町内会など区内の他の会議体や団体との位置づけの違い、地域協議会と市議会の意見が対立した場合の措置等、市内にある他の団体とどのように共存させていくのか等についての質問が出され、これに対する報告者からの真摯な対応があった。
 内海氏は、上越市職員として地域自治区制度に関係しており、自らの実務経験に基づき実践的な面での工夫や苦労を交えて報告していた。内部の人間にしか分からない課題や苦労が、その報告に一層のリアリティを与えていると感じた。また、政策形成基盤の特色のひとつとして、自ら政策的な需要を創造するという「需要創発型」が挙げられていたが、報告にもあったように、地域の課題意識が自分たちの生活を自分たちの手で向上させるためではなく、行政に要求するという意味での課題意識となっている点は今後の課題と感じた。この点については、さらなる発展を期待したい。

 下村氏の報告は、創造都市論の文脈に乗りながら、「新しい商業地」の形成過程を、東京都杉並区高円寺における古着店を事例として考察するものであった。東京を事例とする従来の「新しい商業地」をめぐる議論が、政策的介入が地域経済にもたらす効果に関するものが主であったのに対し、自生的な商業集積地の形成に注目した点、都市自営業者のような「スモールビジネスを営む人々」に着目し動向を明らかにしようとする点に、本報告の特色と独創性がある。都市自営業者に注目する理由としては、@彼らの動向が今後の都市の社会構造と空間構造にいかなる変化をもたらすかを探る必要性があること、A従来の創造都市論で議論の対象となった「新中間階級」のみではなく、経済資本や文化資本の乏しい階層による起業にも注目する必要性があることの2点が挙げられるという。古着店の場合、不用品から商品を仕入れるため、少ない資金でも参入しやすく、資本の乏しい階層でも起業が容易であるため、このような事例として取り上げるのに適している。
 高円寺における古着店の集積状況は以下のようである。まず、その特徴としては、@大通りの周縁に立地していること、A地元の個人経営の店が多いこと、B若い男性の経営者が多いこと、C店舗の開業・廃業が頻繁であること、D店舗の仮設的性格が目立つこと、E専門分化の傾向を示すことが挙げられるそうである。また、高円寺において古着店が集積した史的な経緯は次のようであった。創造都市論における「新しい商業地」の立地条件として、「オフ・ブロードウェイ理論」と「若者の副都心」という概念から説明されうるが、高円寺の場合も同様に、都心に近い地域における「空洞化」と音楽をはじめとする「若者文化の街」という2つの性質が指摘できるという。とりわけ高円寺では、1990年代に集積の核となる古着店が商業的な成功を収め、その古着店に通う客を目当てに、新たな古着店が出店を重ねていった状況があったことが明らかにされた。
 高円寺の古着店を都市の社会構造及び空間構造にどのように位置づけられるかという点について、以下のように結論が示された。まず社会構造における位置づけとしては、高円寺の古着店の場合は、開業・廃業が激しく流動的であり、店舗の仮設的性格が目立つ点から、比較的無店舗小売業に近い行動をとる存在に位置づくという。また、都市空間構造の変動の中ではどのように位置づくのかという点については、「仮設的商業空間の常設化」という観点から以下の方向性が示された。すなわち、商業空間の常設化は、個人には社会移動、都市空間としては盛り場の発展と固定化という側面が見られるとして、この点を月島や銀座についての先行研究を挙げながら例示し、高円寺においても同様の観点から考察する必要性があることを示すものであった。会場からは古書店など他の古物商と古着店の関係性や古着店の店舗形態の特質、行政の関与、世代論との関係、地域性の関わり等、幅広い観点からの質問があり、報告者から丁寧な回答がなされた。
 下村氏の報告は、古着店という零細規模の自営業者の動向から、都市の社会構造や空間構造の変容とその意義を明らかにするものであった。深刻な不況下にある昨今は、地域内の商業施設の移り変わりが激しい状況にある。兎角見落とされがちな零細規模の自営業者の動向であるが、フィールドワークを丹念に重ね、緻密な論理構成により、その動向を鮮明に描き出すことに成功していると感じた。また、単に、都市自営業者の動向や、都市構造の変容を描くのみでなく、若年層の雇用問題や零細規模の自営業者の活動を支援できる都市空間の形成をも視野においている点も特色であった。進路選択に悩む学生と向き合う大学教員の立場としても、今後の研究の深まりに期待したい。

 今回、はじめて研究例会に参加させていただいたが、筆者のような他分野(教育学)を専攻するものが聞いても分かりやすく、かつ十分な議論の深まりがあり、大変興味深いものであった。今後とも継続的に研究会に参加させていただき、色々なご意見を伺ってみたいと感じた。


【関東都市学会2011年度秋季大会を開催しました】

■ 開催日: 2011年(平成23年)11月26日(土)
■ 開催地: 埼玉県飯能市
■ 主催 : 関東都市学会
■ 後援:飯能市

【エクスカーション】 10:30 〜 12:00
 シンポジウムでとりあげる、区画整理事業の対象地となった岩沢南部地区を中心に現地を視察しました。

【大会】 13:30〜17:00 会場:駿河台大学 講義棟 3102教室

■ シンポジウム 「人口減少社会の都市―飯能市の公共事業見直しから考える」

□ シンポジウム解題(熊田俊郎(駿河台大学))
 日本の人口が純減に転じ、大きな衝撃が走ってから6年がたった。この間人口減少社会や縮小社会の議論が喧しい。これまで1世紀以上続いてきた日本の人口急増期が終わりを告げたことはたしかである。しかし人口安定期ないし縮小期にあわせた社会づくりの方向性はまだ見いだせていない。都市に関していうと、都市膨張、市街地拡大を前提にした都市の議論が成り立たなくなるにつれ、コンパクトシティなどの構想が急浮上した。ところが都市をめぐる状況は単純でない。局地的には人口急増や若年層の多い地域もある一方で、人口減少や人口構成の急激な変化によって都市部といえども機能を維持できなくなる地域も出現している。
 東京大都市圏外縁部にある飯能市は、もとは独立した地方都市でありながら80年代のバブル経済期以降強い宅地化圧力を受け、一部ではスプロール化も進んだ。ところが宅地造成・土地区画整理などに力を傾注しているうちに急速に宅地化圧力がしぼんでしまった。こうした情勢の中で飯能市は、事業実施中の土地区画整理事業の規模を縮小するという事業見直しを行った。飯能市の状況は、東京大都市圏外縁部都市にある程度共通するものである。またその経験は、「縮小社会」における都市のあり方やコンパクトシティの構想に大いに示唆を与えてくれるものと思われる。
 本シンポジウムでは、東京圏全体の動向とローカルな事情、地元行政の担当者から市の対応、さらに都市計画、地方財政などからの視点を踏まえて、飯能市の事例が大都市圏内の諸都市にどのような知見をもたらしてくれるのか、総合的に考えてゆきたい。

□ プログラム
13:30 開会の辞(井上繁関東都市学会会長)
13:40 沢辺瀞壱飯能市長ご挨拶
14:00 パネルディスカッション
報告者
  熊田俊郎 氏(駿河台大学教授・都市社会学)
  佐野純一 氏(飯能市土地区画整理事務所所長)
  宮下清栄 氏(法政大学教授・都市計画学)
  金子憲  氏(首都大学東京准教授・財政学)
コメンテーター
  戸所隆 氏(高崎経済大学教授・都市地理学)
  秋田典子氏(千葉大学准教授・都市計画学)
コーディネーター・司会
  熊田俊郎 氏(駿河台大学教授・都市社会学)

【懇親会】 18:00〜19:30 西武飯能ステーションビル・ヘリテイジ飯能5階「日高」

【当日の印象記】

2011年度秋季大会シンポジウム 印象記
川副 早央里(早稲田大学大学院博士後期課程)

 2011年11月26日(土)、「人口減少社会の都市―飯能市の公共事業見直しから考える」と題して関東都市学会秋季大会が飯能市で開催された。午前の飯能市岩沢地区エクスカーションの後、午後は駿河台大学にて公開シンポジウムが行われた。
 熊田俊郎氏(都市社会学)は、統計資料に基づいて、東京大都市圏外縁部にある飯能市の社会構造の変動について報告された。まず、人口減少の実態について、国レベルの人口自然減と首都圏の人口増という動向がある中で、飯能市というローカルなレベルでは人口微減・世帯微増をいう段階を迎えていることを述べた。高度経済成長以降の人口増加に伴って、バブル経済以降、飯能市は東京大都市圏の郊外地として宅地開発が進められてきたが、宅地造成や土地区画整理事業が進められる間に、上記のような人口構造の変動によって宅地化の圧力が弱まり、公共事業の見直しに至ったことが示された。
 佐野純一氏(飯能市土地区画整理事務所所長)は、飯能市の区画整理事業の成り立ちと見直しに至った経緯について詳しい解説をされた。飯能市岩沢北・南の2地区では、それぞれ平成6年、平成8年から区画整理事業が着手されたが、市の厳しい財政状況、地価の変動、地区全体の建物の8〜9割の移転を強いる計画内容などの理由から、完成年次が100年以上を要する計画となっていることが課題であった。この事業の遅れによって生ずる課題を解決するため、土地区画整理事業の縮小を行うことで、建物移転の削減、費用の削減などにより、20年間で完了する事業に計画を変更し、事業の早期実現を目指しているとのことであった。工事を着手した地区で見直すのは稀なケースであり、首都圏の郊外地における公共事業の在り方としては先進的な事例であると言えるだろう。
 宮下清栄氏(都市計画学)は、高度成長期以降急激に膨張した郊外部の40〜50km圏域の市街地は、今後縮小することが予想されていることから、郊外部のスプロール地区や急傾斜地区など住宅に不適な地区に立地した住宅地を、どのように「たたむ」かが今後の課題になると指摘した。その際に、住民の生活の質を維持・向上し、地区間競争力を確保した上で、公共事業やサービスを効率化し、「賢く、縮小」する「スマートシュリンク」を実現する必要があると指摘した。そうしたネットワーク型のコンパクトシティを可能にするのは土地区画整理事業であり、飯能の公共事業見直しによる区画整理事業の縮小はその代表的事例であると評価した。これらの事柄を踏まえ、米国の事業事例やさまざまな手法を紹介され、刺激的な報告であった。
 金子憲氏(財政学)は、飯能市の財政を分析し、市税収入の減少、国庫補助負担金の削減、地方交付税制度の見直し、名栗村との合併による国の財政支援の減額などにより財源確保が厳しい状況を迎える一方、歳出面においても、少子高齢化に伴う扶助費、公債費や物件費などが増加する中、公共施設の耐震化や主要道路の早期完成など、緊急性の高い課題への財政需要が生じており、これまで以上に厳しい行財政運営を余儀なくされていることを指摘した。市の対応としては、財政のスリム化、事務の効率化、工業事業の発注時期の平準化によって、市の持続的開発を推進することが重要であると述べた。また、新たな需要を創出する適切な政策も必要であり、そのためのインフラ整備を担う行政の役割と責任も強調された。
 コメンテーターの戸所隆氏(都市地理学)と秋田典子氏(都市計画学)からは、それぞれ「どのような都市構造を目指すかを市民で共有する必要がある。区画整理事業の見直しにあたって、地域の伝統を生かしたまちづくりなども組み合わせていく必要がある」「都市計画の母と呼ばれる土地区画整理事業。元の道路を生かし、宅地のない地域を丁寧に開発していく飯能の手法こそ、新しい都市計画だと感じている」と述べた。フロアからは、「産業転換を含めて、グランドデザインを考える必要がある。また、この情報社会の中でいかにスマートシティを実現するか、グローバルな活動と関連させて考えていく必要がある」との意見が出された。
 全体を通じて、人口構造の変動、飯能市の対応、「賢く、縮小」する公共事業の可能性、財政的課題など、様々な視点から総合的に人口縮小社会における課題と方向性が示された。飯能市の抱える状況は、他の大都市圏郊外地においても共通するものであり、その点で「飯能型の区画整理事業」は先進的で示唆的な事例であった。人口縮小社会における新しい都市のあり方を考える意義深いシンポジウムであった。


大会の様子(沢辺瀞壱飯能市長ご挨拶)

大会の様子(エクスカーション)

【関東都市学会例会を開催しました】

日時: 2011年5月28日(土) 15:00〜17:30

場所:首都大学東京 秋葉原サテライト 会議室
報告(1)
「都市計画政策と『都市再生』政策の原理的対立と『収斂』〜都市空間のコントロールをめぐる権力作動の考察〜」
植田剛史(日本学術振興会特別研究員・慶應義塾大学)

報告(2)
「観光化するまちづくりとその課題〜地方都市における事例から〜」
土居洋平(東北文教大学短期大学部)

■ 例会印象記

関東都市学会研究例会 印象記
杉平 敦(東京大学大学院博士課程)

 関東都市学会の2011年度第2回研究例会は、秋晴れの10月1日(土)、秩父方面の山並みを望む首都大学東京・秋葉原サテライトキャンパスにて行われた。
 第1報告は、植田剛史氏の「都市計画政策と『都市再生』政策の原理的対立と『収斂』」であった。1990年代後半から2000年代前半の都市計画政策(課題を持つ既存の都市空間に対する直接的コントロール)と、2000年代以降の「都市再生」政策(民間資本による再開発を通じた経済活性化)は、本質的には性格の異なるものであるが、それまで政府/国家が担ってきた都市計画に他の諸アクターを関与させる点では共通である。この変化を、諸アクターの利害や自発性を組み込んだ間接的コントロールへの移行と見なし、これに伴う諸アクターの再編について再考する必要があるというのが結論であった。
 会場からは、「『民主的』な都市計画への流れは地方でも同様であった」「政策論だけでなく、現場の声を聞いて積み上げていく方法もある」「制度論だけでなく、技術水準や地域色、アクターの個性を考察に含めてはどうか」などのコメントがあった。植田氏は、具体的な事例に即して議論を組み立てたいとしつつ、個別の事例に応じてバラバラに説明することには問題を感じているようであった。今回の発表については、東京を舞台とした都市計画政策の展開について、濃密かつ詳細な検討が行われたことが高く評価される。今後の研究は、地方都市や政策の実現過程を含め、いっそう進展していくことと期待される。
 第2報告は土居洋平氏の「観光化するまちづくりとその課題」で、山形県内の3市町から多くの事例が示された。共通しているのは、地方都市や町村でのまちづくりが観光に偏りがちなことである。集客力を失った市街地へ人々を再び呼び戻すために、また、他地域・外来者との交流を通じてまちづくりを進めるために、観光に期待がかけられる。その中で、公募事業の審査が公正さを確保できない、観光事業の主体と地域住民の意思が食い違う、などの問題も生じた。しかし、それでも観光まちづくりに期待をかけざるを得ない実情もあり、空間の商品化への傾向を一概には否定できないと指摘された。
 会場からは、「観光まちづくりには地域アイデンティティーの創出という意義があり、イベント主義的では困る」という意見があり、土居氏も『イベント疲れ』が発生する事例を問題視していた。再び会場から、住民を犠牲にしない形で地域の利益を生む仕組みが必要と、複数の出席者から指摘があった。土居氏は、生活の場を観光資源とする農村は「イベント疲れ」が発生しやすく、もともと人が集まる場所である都市部の方が住民は犠牲にならないという事情を紹介した。また、勤務先での地域への関わりから、空間の資源化を一概に否定できない現状が、あらためて示された。今後は、それらの事業に実際の利益があるか、あるとすれば誰の利益か、などの問題が整理されなければならない。解決の難しい問題ではあるが、聞き取りやすい声と分かりやすい説明で、興味深い事例を交えながら示していただいたことに感謝したい。


【関東都市学会春季大会を開催しました】

日 時: 2011年5月28日(土) 10:40〜17:55
共 催:日本都市学会
場 所:東洋大学 白山キャンパス 1号館1階 1101教室

■自由報告 10:40〜12:45
川副早央里(早稲田大学大学院)
「地域活動の多様化と文化的創造性:神楽坂のまちの再編過程を通して」

下田健太郎(慶應義塾大学大学院)
「水俣市地域再生事業における「水俣病」の記憶化をめぐる実践について」

杉平敦  (東京大学大学院)
「丸の内、景観論の歴史と現在」

鈴木地平 (高崎経済大学大学院)
「歴史的都市における景観保全と都市発展の両立に関する地域政策学的研究」

保井俊之*・白坂成功*・神武直彦*・津々木晶子**  (*慶應義塾大学 **慶應義塾大学大学院)
 「システムズ・アプローチによる住民選好の数量化・見える化:中心市街地活性化の新しい政策創出の方法論」

■シンポジウム  13:30〜16:50
「都市における水の路(みち):まちを育むその可能性」

【シンポジスト】
石神裕之 (慶應義塾大学、近世考古学)
神吉和夫 (神戸大学、土木史)
川島 篤 (金沢市役所 用水・惣構堀保全室長)
堀川三郎 (法政大学、環境社会学)

【コーディネーター】 平井太郎 (日本女子大学、社会学)

【関東都市学会春季大会研究発表・シンポジウム(2011.5.28)の記録】

2011年度春季大会自由報告印象記
土居洋平(東北文教大学短期大学部)

 2011年5月28日(土)、東洋大学白山キャンパスにおいて関東都市学会春季大会が開催された。当日の自由報告部会では、例年より少し多い5つの報告があり、盛況な会合となった。地域づくりの多様性や数量化、都市の歴史や景観、記憶に迫る多種多様な報告で、学際学会である本学会の魅力を感じる部会であった。
 最初の報告「地域活動の多様化と文化的創造性:神楽坂のまちの再編過程を通して」(川副早央里氏・早稲田大学大学院)は、都市における近隣社会の「創造性」に着目し、神楽坂におけるまちづくりの変遷を事例にして、都市コミュニティという「場」がもたらす創造性がどのように発現されているかに迫るものであった。そこでは、神楽坂において「一定の距離感」と「気軽な遊び心」という「「粋」なふるまい」が共有され、そのことが多様な人材がまちづくりに関わることに貢献していることが明らかにされた。多様な人材が集う都市中心部での文化創造のあり方を描いた興味深い報告であった。
 次の「水俣市地域再生事業における「水俣病」の記憶化をめぐる実践について」(下田健太郎氏・慶應義塾大学大学院)では、水俣湾埋め立ても含めた水俣市地域再生事業が進むなかで、環境が再生され地域がきれいに再生される一方で、そこからこぼれおちる個人の心情をどのように可視化し、また、水俣病の何を記憶として保存するのかについて、水俣再生の歴史とその中での相克を描きながら迫るものであった。報告者は考古学が専門ということであったが、丹念な地域調査・聞き取りをもとにした報告は、まるで村落社会学の研究報告を聞いているようで、個人的に共感するところが大きかった。
 第三報告「丸の内、景観論の歴史と現在」(杉平敦氏・東京大学大学院)では、首都東京の顔として景観が整備されてきた丸の内の(再)開発について、主に昭和40年代に交わされた議論をもとに、誰/どのような観点から/どのような景観を守ろうとしたのかについて、その錯綜している姿を描き、現在においても、景観形成における主体/そこで守ろうとされたものを明確にすべきであると論じたものであった。関東都市学会ではこれまでも、東京都心の景観について議論をする機会が多かったが、新たな世代からの問題提起は、新鮮なもので興味深いものであった。
 続く「歴史的都市における景観保全と都市発展の両立に関する地域政策学的研究」(鈴木地平氏・高崎経済大学大学院)では、金沢市を事例に、古い歴史を持つ都市が、その歴史的景観をどのように保持し再生しているのかについて、建物等の有形の要素と用途・機能等の無形の要素に着目しながら、法的規制や財政的技術的支援、地域社会との関わり等を視野に政策論的に描いたものであった。こちらも都市の歴史的景観に迫る報告で、こうした「歴史的景観」といった場合に、どのような歴史が「歴史」として認定され保全されていくのかを考えさせる、興味深い報告であった。
 最後の「システムズ・アプローチによる住民選好の数量化・見える化:中心市街地活性化の新しい政策創出の方法論」(保井俊之氏*・白坂成功氏*・神武直彦氏*・津々木晶子氏**・*慶應義塾大学 **慶應義塾大学大学院)では、これまで定量的な評価を行いにくかった地域活性化/まちづくりにおいて、適切な形で数量化・見える化する方法論の創出が試みられ、それが秋田市で実践される様子が報告された。本学会の一昨年度の春季大会においても「まちづくりにおける評価」がテーマとなったが、このテーマは昨今の地域活性化/まちづくりの重要なテーマであり、その手法について論じた本報告は、時節を得た非常に意義ある報告であると感じた。
 以上、多様なテーマでの報告であったが、これまでの本学会の議論と関わるものが多く、今後、本学会で更に議論が深まることが期待できる、非常に意義深い部会であった。

関東都市学会春季大会 雑感
川西崇行(早稲田大学)

 自由報告は、本学会名が「都市」を関しているだけに、都市の内部、都市の外貌、都市・地域におけるさまざまな取り組みというトーンで、後半のシンポジウム「都市における水の路」での、近世水道、水路、その復元・保存・活用、実践事例としての金沢、小樽運河―多様な視座の設定から技術史の検討、都市の水路管理と都市住民、保全へ向けての行政の努力と保存運動…という内容へスムーズにつながる問題と響きあう内容であったように記憶している。
 川副さんの発表は、小生とも浅からぬ因縁のある「神楽坂」をめぐる問題であった。商店街・住民の合意、著名な「まちづくり活動」地域でのひしめきあいを、人間目線(アイレベル)での難しさを、今更のように目の当たりにする。それも今は「まちとびフェスタ」などで、ポスト・バブルのまちづくり活動のメッカとしての印象のある地域だけに、その長年の動きについてのドキュメントは大変に迫力があり、坂上の巨大ビル問題に際して、若干関わった者としても、脳内が今一度整頓されるような思いがある。
 下田さんの発表も、まち・地域の歴史の継承に関する問題であった。あれだけの被害者を出した大公害をどう忘れることなく、いかに偲んでいくか、というものであったが、これも自分に引き寄せて言えば、地元・東京の関東大震災・東京大空襲、特に前者についての「忘災」は、近年目を覆うものがある。この九月一日も、本所横網の慰霊堂に参ってきたが、もはや何の縁日だか、何がお祀りされているかわからず、「ご縁がありますように」と五円玉を投じて拍手を打つ若者まで出る始末であった(あとで問われたので由来を説明したら、急いで拝みなおしているだけましであったが)。このような挿話を挟んだのは、行政による「慰霊」「記憶の保存」ということになると、特に近年は、無菌培養的なもの、非宗教性にこだわるあまりに施設の企図を図りかねるようなものが少なくないからである。
 しかし、今回の発表では、公害地への外部からの刺激、公害被害者内部の思いを、どう舫い合わせていくかのひとつの試みの報告であったと解釈している。私が興味深く思ったのは、神とも仏ともつかぬ、こころの発露のままに、一般のひとが刻む石の像であった。また何教という縛りはないものの、やはり、「偲ぶ」にはそれにふさわしい静謐さ、ある種の宗教性が必要なのであろうな、という感懐であった(発表者の企図するところと違う細部に目が行った嫌いがあれば、お詫びしておきたい)。
 杉平さんの発表は、丸の内の近代についてのフレームワークであったと解釈している。あの地域の1997年以降の劇的な、いや常軌を逸した変容について、ご関心があったことと忖度する。実際、あの大手町・丸の内・有楽町の(三菱地所を首魁とする)再開発は、バブルの教訓なしに、また政策による都市の局地開発を誘導したもの、すなわち80年代に世論から大顰蹙を買った「マンハッタン計画」を捨てていなかったことの具現である(また三菱地所自体がそう言明している)。
 その経緯は、鈴木都政の終焉以降、乃至、小泉政権の本質(中央郵便局の問題に限らず、大規模ではあるがニューヨークのTDRのような計画性を持たない「域内割増容積飛ばし」である特例容積制の問題など)と、皮相かつ妥協、不発に終わってしまった「景観論」の鬩ぎあいである。現在もパレスホテルが、皇居の大空地・大緑地を干犯しようとしているが、この問題についてはアクターの動きと言説を、よくよく吟味して検討する必要がある。
 鈴木さんは、歴史的景観・文化財保存の最前線での経験を踏まえた研究報告であった。あまりに専門が近いので、非常にレポートを書きづらいので少し現在進行形の事例の話に即して比喩とするが、一般に「歴史的景観」「まちづくりの資源」と認知されている対象でも、公的にそれを守る手段がない(あるいは弱い)。
 改正都市計画法や改正建築基準法の割増容積、特定街区、総合設計などなどの開発誘導型・インテンシブ型に対抗するだけの力のある「景観保存」がどこまで可能か。「公」内部に、脱法的な開発者に対して毅然と対峙しうる「システムと良識」があるのか、市民共有の財産・資源である景観を守る責務を、不動産事業者への便宜のために「公」が踏みつけにしていないか、矮小化していないか。「景観法」と地方自治体(景観行政団体)における条例と景観計画などが、法律施行からかなり時間を経てもまだ落ち着いていないような実感がある。そのあたりについて、事例を用いて考えることの重要性を考えさせられる発表であった。
 保井さんを中心とした研究発表は、地域通貨や中心市街地への公的補助などの動きの先を見越した、市民の声を「まちづくり」に反映しようとする手法の事例の、一連の流れについてのものであった。秋田市をフィールドにして、千篇一律の補助金・ハコモノではなく、「地域住民のもつイメージや声を、見える化(可視化)・定量化すること」をそのまま、まちづくりの次のシナリオにつなげていこうという意欲的なものであった。プロジェクト内の術後や所謂、マーケティングの諸手法との差別化など、他領域や、地域のひとにより理解の容易なかたちと手法になっていくことを期待する。

 後半のシンポジウム「都市における水の路」は、前半の自由発表のトーンを引き継いで始まった感がある。登壇者の皆さんが、職能といい、専門といい、多士済々であったのは面白味の要素だった。この内容−都市と水の流れに長らく注目してきたコーディネーターの平井さんの着眼点は興味深いものであったが、シンポジウムの常で、時間の不足のため、パネラー相互の丁々発止、あるいはフロアとの論議がもう少し取れれば、という点が惜しい。
 今回は着眼点=都市・集落を育むものとしての水のみち(自然河川の改修・付け替えから、掘割・運河、近世水道、近代水道まで多種多様な)の各切片がよく見えたので、同じコーディネーターで、より話題を進化させた続編を期待したい。
 登壇者報告。石神さんは、江戸のまちづくり、惣構、近世水道について、あるいは屋敷の内部の水周りと、往古の姿を探る現場目線で、東京市民にとって親しみやすいものであった。
 神吉さんは、日本の前近代(中古・中世・近世)から近代水道にいたるまでの網羅的、技術的な紹介。この調査量と密度に驚くとともに、日本人の水との関わりあい方のひとつのかたちがはっきり見えるような印象が深い。
 川島さんは、(住居表示前の)旧町名の復活や、歴史まちづくり法の活用などで注目されている金沢市の「歴史的水環境保全」の現場最前線においでの方で、高度成長やらのドサクサで埋められてしまった路側の水路を、懇切丁寧に一軒一軒説いて回って、金沢の行政ならではの方便も用いて、なし崩しの暗渠を開き、通り・街に潤いを与える仕掛け人で、そのご尽力には頭が下がる。
 堀川さんは、すでに「小樽運河保存」の社会学的側面からの研究では知らない人が少ないくらいであろうが、小生なども時折直面する、保存運動や、まちづくり運動での「キビシイ」状況に直面した人間集団を観る鋭い目線、また運動に関わっていた層の「運動以降」の動き、社会的な影響など、短い時間の中で濃密な世界を垣間見せていただいた。
 ちなみに堀川先生のパワーポイントの絵の美しさ、カットの割付にも深いデザインと智慧・仕掛けがあった。これなぞ、雑な小生は爪の垢を煎じて飲まねばならない。神吉先生の冊子も濃厚でその後も熟読させていただいている。


大会の様子
■ 日本都市学会、関東都市学会共催による第57回日本都市学会大会大会を開催しました。

 関東都市学会が運営を担当した日本都市学会第57回大会(会場:高崎経済大学)が、高崎市・高崎経済大学から財政的人的支援を受け、下記の内容で開催され、多くの参加者のもと、成果を得て終了でしました。なお、詳細は今後の「日本都市学会ニュース」等をご覧下さい。

1.日時 平成22年10月22日(金)〜24日(日)

2.場所 高崎経済大学(群馬県高崎市上並榎町1300)

3.開催形態 主催:日本都市学会 関東都市学会
         後援:高崎市

4.プログラム(概要)
10月22日(金)
14:00−17:00 エクスカーション
※高崎市中心市街地のまちづくりと都市観光(仮称)
18:00〜20:00 理事会

10月23日(土)
09:00       受付開始
09:30〜12:00  研究発表T
研究発表1 横断国土軸と都市 司会:高山正樹・熊田俊郎
研究発表2 環境と都市開発 司会:實清隆・大内田鶴子
研究発表3 都市空間と文化 司会:吉野英岐・高田弘子

12:00〜13:00  昼食
13:00〜13:10  開会挨拶 日本都市学会長・関東都市学会長
13:10〜13:25  日本都市学会賞授与式
13:30〜14:00  特別講演 高崎市長
14:00〜16:30  シンポジウム「横断国土軸と都市再生」
特別講演 松浦幸雄・高崎市長
パネリスト
村山秀幸・上越市長
曽我孝之・群馬県商工会議所連合会長(前橋商工会議所会頭)
小川陵介・高崎市副市長(国土交通省出向)
井上 繁・常磐大学教授(元日本経済新聞社論説委員)
オーガナイザー 戸所 隆・高崎経済大学教授
16:30〜17:00  日本都市学会総会
18:00〜20:00  懇親会

10月24日(日)
09:00       受付開始
09:30〜12:50   研究発表U
研究発表4 大都市と地域開発 司会:林上・佐々木公明
研究発表5 都市空間とまちづくり 司会:山崎健・佐藤彰男
研究発表6 健康と都市 司会:佐藤直由・西野淑美
研究発表7 グローバル時代の都市 司会:浦野正樹・堂前亮平

■ 関東都市学会 研究例会を開催しました。

1.日時:2010年9月26日(日) 15:00〜17:30

2.場所:東洋大学 白山キャンパス 5号館1階 5102教室

3.研究報告

報告1 「裏道」の意味空間――港区元麻布のクリエイター・起業家達の活動実践
横山 順一 氏 (専修大学大学院文学研究科)

報告2 宗教境内地と市街地空間の形成・変容 日欧の近代を比較して(仮)
田中 傑 氏 (芝浦工業大学大学院工学研究科 PD研究員)

■ 当日の議論の様子(印象記から)

関東都市学会研究例会 印象記
猪瀬雄哉(常磐大学大学院博士後期課程)

 関東都市学会2010年度第1回研究例会は、9月26日(日)、「井上円了記念館」と称される東洋大学白山キャンパス5号館にて開催された。本例会では、横山順一氏による「裏道の意味空間−港区元麻布のクリエイター・起業家達の活動実践」、田中傑氏による「宗教境内地と市街地空間の形成・変容−日欧の近代を比較して」と題する2つの報告がなされた。共に、図表や写真等の資料を多用しながら、「まち」の形成及びその要因を分析するものであった。
 まず、横山氏の報告の概要と感想を述べたい。本報告の目的は、東京都心部の港区元麻布地区の一画に着目し、そこを舞台とした人々の活動実践と場所への意味付与の過程を捉えることを通して、東京都心の空間の一端を明らかにすることである。
 横山氏は、東京都港区の元麻布地区の一画に存在する「裏道」に注目し、目視によるフィールドワークやそこに住む起業家、事業主へのインタビューを中心とした調査を行った。この調査を通して、「裏道」の実際の使用者たちが、「どのようにして、その場所を選び、利用しているのか」、「その場所にはどのような意味が付与されているのか」に関して、方法論的検討がなされた。横山氏は、「裏道」という隙間を生きる起業家や事業主たちが、その場所を選んだ要因の一つに、「裏道」と自身の美的価値観等を重ね合わせる事の存在等が関連していると考察する。そして、2000年代の「骨董インディーズ通り」及び「裏麻布.com」という「裏道」での出来事を2つ取り上げた。「骨董インディーズ通り」とは、元麻布の路地に骨董屋が軒を連ねる通りの呼称、「裏麻布.com」とは、元麻布の飲食店オーナー2人が仕掛け人となった「裏道」活性化プロジェクトのwebサイトの名称をいう。横山氏は、この2つの事例に対し、「裏道」という意味付与がなされていると指摘する。また、この「裏道」が作られた背景要因として、比較的地価が手ごろな点、宗教施設等の存在により開発の手が伸びにくかった点、寺社地等を中心に安価なアパートが提供されている点の3点も導き出した。
 会場からは、2000年代以前の歴史的な「裏道」にも着目し、その形成要因を分析、考察すべきとの指摘があったが、「裏道」という言葉に着目し、フィールドワークやインタビュー調査という実証的な手法から「裏道」の形成要因の一端を導き出したことは、一定の成果と言えるだろう。同時に、行政側はこの事例をどう捉えているのか、元々の住民が起業する場合はあるのか等、様々なケースが「裏道」の形成要因に絡んでいる事も考えられる。最終的には、住民同士の連携が活発な事も1つの形成要因として捉えられる事から、ヒアリングがモノをいう調査になると捉えられる。
 続いて、田中氏の報告の概要と感想を述べる。報告内容は、宗教境内地と市街地の形成とその変容に関して、日本と欧州の近代化の流れから分析、考察したものである。はじめに、日本と欧州の近代化のシステムを比較し、共通点と相違点を整理しつつ、相違点に着目した。欧州では、日本とは異なり、教会税を国が徴収し、諸教会に分配する制度があるという。これは、日本と欧州の政教分離の捉え方や程度に違いがあるものとみて、検討がなされた。
 次に、東京都の築地本願寺、静岡県の宝台院を事例対象とし、その子院の移動先の調査が報告された。これらの子院群が明治期以降、市街地化の影響で次々と移転され、特に築地本願寺では、震災をきっかけに、区画整理がなされ、道路、その他の公共用地を土地所有者が提供した。      
これらの動きの根本には、近代以降、檀家からのお布施の減少等にみられる寺社の収入構造の変化が内在している。加えて、寺社自身が郊外に土地を購入し、地代が相対的に高い旧境内を売却あるいは賃貸したことが影響している。そして、田中氏は、日本と欧州の収入構造の比較の視点から、日本は経営的自立性が高いために、今後、人口減少や宗教離れが起こる事によって、都市部における貴重な緑地や空地が損なわれるような土地経営がなされると指摘した。
 会場からは、先行研究の有無に関する質問があった。田中氏によれば、本報告の視点からみた寺社経営に関連した歴史的な先行研究は過去にないという。また、会場からは、宗教境内地の変容と日本の寺社経営の収入のウエイト(お布施、不動産経営、墓地経営等)の因果関係や日本と欧州の墓地等の立地条件が根本的に違うことを問う指摘があった。これらの点は、研究課題としての余地があると考えられるが、今回の報告内容においては、先行研究がみられないだけに、解明が進むことにより、貴重な研究となりそうである。


■ 関東都市学会春季大会を開催しました

日 時:   2010年5月29日(土) 13:00〜17:55
共 催:   日本都市学会
場 所:   慶応義塾大学 三田キャンパス 第1校舎2階 121教室

■自由報告    13:00〜14:20 
小林 修(まち・集落研究室) 
「10年、30年、50年先に向けた我が国の都市と暮らしのイメージ」
金子 光(明海大学)
「政策評価の導入と予算制度改革」
下村幸平(東京農業大学大学院)
「築地市場移転にみる東京都臨海副都心「再開発」問題」

■シンポジウム  14:30〜17:15 
「都市と権力:藤田都市論から権力を学際的に考える」
学際を特性とする本学会のあり方を活かし、学際的な共同研究を多く行った故藤田弘夫前会長の研究をきっかけに、都市と権力との関係を複数の分野から考える。

【コーディネーター】
浦野 正樹(早稲田大学)

【報告者】 
布川弘  (広島大学)   都市社会史の観点から
長田進  (慶応義塾大学)地理学の観点から
熊田俊郎 (駿河台大学) 社会学の観点から

【コメンテーター】
土居洋平(山形短期大学)
石井清輝(高崎経済大学)

■総会      17:25〜17:55 
■懇親会     18:15〜20:00

■ 当日の議論の様子(大会印象記から)

【関東都市学会春季大会研究発表・シンポジウム(2010.5.29)の記録】

関東都市学会 春季大会印象記 (自由報告編)
熊澤 健一(中央大学大学院)

 関東都市学会春季大会が2010年5月29日(土)に慶応大学において開催された。自由報告部門では、小林修氏(まち・集落研究室)「10年、30年、50年先に向けた我が国の都市と暮らしのイメージ」、金子光氏(明海大学)「政策評価の導入と予算制度改革」、下村幸平氏(東京農業大学大学院)「築地市場移転にみる東京都臨海副都心「再開発」問題」と題する3報告がなされた。

 小林修氏の報告は、始めに人口推計を基にした人口減少社会と、主に経済のグローバル化を与条件として、地方における都市と限界自治体の今後の在り方とそこでの生活をイメージする。地方の再活性化においては、地方大学が建設的批判を行う第三者機関として、また、共に将来ビジョンを作り上げる役割を果たすことが鍵となるとした。地方の再活性化に向けて、これまでのビジョンなき政策から常に将来像(10年、30年、50年先に向けた我が国の都市と暮らしのイメージ)を持って政策を遂行するべきであるとの主張であった。
会場からは人口推計数値の精緻化が必要、また、これまでの国家政策において地方が置き去り感をもったことが指摘された。最後に、小林氏から長野県内でコンパクトシティとしてイメージでき、残れる都市は長野市、松本市、飯田市、上田市位かなとの話が印象に残った。

 金子光氏の報告は、政権交代以降の予算編成過程における予算の大幅削減目標と現実のギャップをフックとし、我が国の予算制度改革に関する政策過程を、これまでの政策評価の予算編成へのフィードバックに対する議論、主体となる会計検査院の機能(というより権能)に関する答申および法改正にいたる国会議事録等を基に実証的に考察し明らかにしている。そして、政治主導(政治家主導)による予算編成は2010年度の予算編成に見るように配分が歪められるとし、会計検査院の決算検査報告に基づく政策評価の予算へのフィードバックによる配分が求められるとした。それは首相のリーダーシップが発揮されることにより実現できるとしている。
このように金子氏の研究は財政学のみならず行政学の研究をも踏まえて予算制度改革政策の課題を取り上げており、日本の予算制度改革の現状を再認識させられる非常に示唆に富む内容であった。

 下村幸平氏の報告は、築地市場の移転問題を通して、東京都の進める臨海部の再開発について東京都民の意向を無視した住民不在の再開発であり、まず開発計画ありきで財界主導による経済効率に主眼を置いた構想・計画であると批判的に論じたものであった。下村氏は築地市場の豊洲への移転に関して、東京都の移転の必要性(面積の狭隘さの解消、駐車スペースの確保、大規模災害時の広域輸送網の確保等)に納得できる部分があるとしながらも、食の安全・安心、事業方式(PFI)と大手資本中心の物流システムへの改編に対する問題をあげて移転する必然性はないとする。そして現在、築地市場移転後の跡地および周辺の再開発、豊洲新市場・オリンピックの開催をテコにした臨海部再開発は頓挫したとしている。下村氏の論旨は概括的には理解できるが、批判の柱としての都民の意向、財界主導による経済効率等に対する論証が不足しているように思えた。これからの研究に期待したい。

 以上3報告とも大変貴重な内容であり、第1報告を除いて会場との質疑の時間が取れなかったことが残念であった。

関東都市学会春季大会シンポジウム 印象記 

福田光弘(帝京大学福祉・保育専門学校)

 2010年度、関東都市学会春季大会シンポジウムは慶應義塾大学三田キャンパスで行われた。本シンポジウムは、昨年亡くなられた前会長藤田弘夫を偲び「都市と権力:藤田都市論から権力を学際的に考える」と題し、社会学、歴史学、地理学のそれぞれの観点から藤田都市論を考察するものであった。
 先ず社会学の観点から、熊田俊郎氏の報告が行われた。熊田氏は藤田都市論における権力とは、藤田の師である矢崎武夫の「統合機関説」を展開したものであったと指摘した。そうした上で、機関を権力と読み替えることは、都市のダイナミズムを藤田により注視させることを可能にするものであったとされた。こうした藤田のありかたは「都市以外が対象」と揶揄されることもある都市研究の中で、まさに都市そのものを注目するものであったと述べられた。しかし、M.ウェーバーに影響を受けた藤田の権力論ではあったが、権力の類型から都市の類型への腑分けという流れには向かわなかったことや、藤田の最晩年の研究である公共性問題とはどのように関係する、若しくはしなかったのかということなどが問題提起された。
 次に歴史学からの観点ということで、布川弘氏の報告が行われた。藤田都市論が日本史学における都市研究へ与えた影響力は、網野史学に並ぶものであったこと述べられた。M.ウェーバー都市論が影響力を持った時代に、都市は「自治」により定義されてきたが、網野史学は「大規模な聚落」、「君侯の居住地」という点で、藤田都市論は「権力」という点で、それぞれ「自治」から都市の定義を解放するものであったとされた。その上で藤田都市論は、近代国家における都市の意味を説き明かすと同時に、都市における文化の意味にも注目するものであることを示すものであったと述べられた。こうしてウェーバー都市論からの解放を行い、より多彩な都市現象を捉える視覚を持つに至った藤田都市論が、公共性問題を考察するにあたり西欧型の「自治」を再注目したことも指摘された。「官=公」の図式への藤田の批判が、自治すなわち「住民の合議=公」への転換へと向かうというように、これからの都市と権力の関係についての構想力として、継承・発展の余地を持つということが語られた。
 最後に地理学からの観点ということで、長田進氏からの報告が行われた。都市社会学と都市地理学との強い関連性がまず指摘され、特に藤田都市論が「場所」についての多くのこだわりを持ったという点から、学的背景の違いをそれほど感じることもなく受容できたということが語られた。さらに、藤田都市論を特徴付けた「大きな物語性」とも言える問題意識や意味付けに、学的背景を越える魅力を感じたと述べられた。しかし、計量性や検証可能性という観点から考察した際、違和感が拭えない点が指摘された。
 発表に引き続き、土居洋平氏、石井清輝氏の二名をコメンテーターとして、多くの質疑応答が行われた。その中で、長田氏から指摘のあった検証可能性について、藤田自身が生前から自らの研究を「文学」と冗談交じりに評してきたことなどからも、実証主義的な指向性を犠牲にしてまで、論の生命力を大切にした藤田のスタイルが述べられた。また、熊田氏が言及された統合機関の権力への読み替えという点についても、その結果として藤田都市論は大都市中心の研究になり勝ちであったことが指摘された。それは「首都」の権力が圧倒的となった近代以降において「飢餓」「疫病」などから国民を保護する、近代国家の権力を語る際には有効であったかもしれない。しかし第三世界も含めた都市化が進み、国内外における都市間の連携が再編されるグローバル化された世界においても有効性を持つ権力論であるのかという疑問が呈された。常日頃、近代性に意を払っていた藤田ではあるが、同時に通文化・歴史貫通性への指向を持ち合わせており、この相反する二つの指向のバランスの上に、藤田都市論は成立していた。会場からの指摘にもあったM.フーコーの権力論や、布川氏が言及されたA.ネグリのマルチチュードについての議論も含め、近代国家の権力が飽和状態に至ったという時代診断と、再編され続ける都市間システムとの関係など、今後も多くの考察を要する問題が提起されたシンポジウムであった。


大会の様子

■ 関東都市学会 研究例会 を開催しました

【開催日時】 2010年3月13日(土) 15:00〜17:30
【開催場所】 財団法人東京市政調査会 5階第1会議室
【プログラム】
報告1
「明治期における外国人の日本国内旅行 外国人向け旅行ガイドブックを中心に」
長坂 契那 氏(慶應義塾大学大学院 社会学研究科 後期博士課程)

報告2
「青山霊園肥前大村家墓所改葬にみる旧華族家墓所研究の意義と改葬問題−近年の東京都区部霊園再生事業に絡めて−」
石神 裕之 氏 (慶應義塾大学 文学部民族学考古学専攻 准教授)

【当日の様子

関東都市学会研究例会 印象記
石井 清輝(高崎経済大学)

 関東都市学会2009年度最後の研究例会は、3月13日(土)、歴史ある市政会館(東京市政調査会)にて開催された。本例会では、長坂契那氏による「明治初期における外国人の日本国内旅行―外国人向け旅行ガイドブックを中心に」、石神裕之氏による「青山霊園肥前大村家墓所改葬にみる旧華族家墓所研究の意義と改葬問題―近年の東京都区部霊園再生事業に絡めて」と題する二つの報告がなされた。
 まず、第一報告の長坂氏は、1867年〜80年までに出版された旅行ガイドブック、具体的にはN.B.デニス『中国・日本開港地案内』(1867年)、W.E.グリフィス『横浜案内』『東京案内』(1874年)、W.E.L.キーリング『旅行者のための横浜・東京…案内』(1880)年を資料として、日本への外国人旅行者の動向や、旅行のあり方の変化を探るものであった。その際のキーワードが、tourの語源に通じる「必ず戻ってくる」という言葉である。
当然ながら、旅行は出発地から目的地へ移動し、また戻ってくる往復運動を前提としている。氏は「戻ってくる」ための条件として、日本への航路、外国人居留地と遊歩区域・内地旅行権、回帰するべき欧米文化圏、安全・衛生、などをあげる。これらの条件が、報告が対象とする時期に整備されていったのではないか、というのが氏の一つの仮説であり、上掲の資料を通して考察が加えられた。
 『中国・日本開港地案内』には、1866年当時、既に定期航路が確立されていたことが航路表と共に示されている。しかし、この本は読者対象として、旅行者というよりも、商人や外国人居住者を強く意識しているものであったという。短期旅行者を主な読者層として想定した旅行ガイドブックがキーリングの書であり、ここから旅行者の質の変化を読みとることができる。また、『横浜案内』『東京案内』には、英語が通じる場所や安全確保・衛生面など、居留地の状態や日本滞在時の注意事項などが詳細に記されており、安全・衛生を保障するための努力がなされ、その条件が整備されてきたことを物語っている。これらの検討を通して、この時期に「戻ってくる」ための条件が整備され、短期旅行が可能になった、と結論づけられた。
 会場からは、仮説に対する疑問点の他、他の非ヨーロッパ諸国の状況との比較研究の必要性などが指摘された。また長坂氏からも、この時期に、後のいわゆる個人旅行の原型が生まれたのではないか、という仮説が今後の検討課題として示された。
 続く石神氏は、近代以降の埋葬墓制の実態を明らかにするために行われた、都立青山霊園の肥前大村家墓所に関する調査結果の報告を中心とするものであった。大村家墓所は明治15年、肥前大村藩主大村純熈墓所の構築以降、親族墓所が造立され、戦後の敷地整理を経て今日に至ったものである。当墓所は、「武家華族」の葬制・墓制の変化を知るために重要な事例とされる。調査結果として、埋葬施設内に木炭や漆喰を使用するなど、近世段階の大名墓形式を踏襲したものが見られること。また一方で、伸展葬が採用されているものもあり、近代の埋葬形態の一般化も伺われるものでもあること、などが詳細に報告された。
 氏は調査結果の報告と共に、都が進めている都立霊園の改葬が有する問題も指摘する。都は現在、都立霊園を公園化するための再生事業を積極的に進めており、青山霊園でもその一環として改葬が進んでいる。報告の大村家墓所も改葬の際に調査が行われたものであるが、ほとんどの墓は調査もされずに壊されてしまっている。近世墓だけでなく、近代墓も埋葬形態や死生観を知る上での重要な文化財と捉えなければならない。このような視点から、その調査の必要性、公園行政と文化財行政の乖離の問題、霊園再生事業における情報公開の重要性などを強く指摘された。
 会場からは、都の再生事業における政策転換の背景や、他の霊園に関する質問などがあった。また、墓の調査の際に大きな困難となる、プライバシーやその所有形態をどのように考えるか、活発に議論された。本報告から、近代墓制について学ぶと共に、霊園再生事業の実態を幅広く周知することの必要性や、保存・調査活動が緊急の課題となっていることも強く感じた。今後の議論の広がりを期待したい。


■ 関東都市学会 秋季大会を開催しました

関東都市学会2009年度秋季大会
開催日: 2009年(平成21年)10月31日(土)
開催地: 神奈川県横浜市
主催 : 関東都市学会

【概要】
10:00〜13:00 エクスカーション1(山手エリア・昼食を含みます)
13:15〜15:45 大会シンポジウム
16:00〜18:00 エクスカーション2(臨海エリア)
18:00〜19:30 懇親会

【大会シンポジウム】
テーマ バブル崩壊以降の臨港開発の変遷
          ―港湾利用の変遷と観光都市の創造―

コーディネーター 小林照夫氏 (関東学院大学文学部 教授)
パネリスト
堀 勇良氏 (元横浜開港資料館学芸員/文化庁文化財課長)
堀野正人氏 (奈良県立大学地域創造学部 教授)
増田文彦氏 (横浜市経済観光局 市場担当理事)
野原 卓氏 (東京大学先端科学技術センター 助教)
コメンテーター  中村實氏 ((株)浜銀総合研究所客員研究員、横浜ふね劇場をつくる会会長)

■関東都市学会2009年度秋季大会 エクスカーション午前の部 印象記
川浦康至(東京経済大学)
 集合場所の石川町駅。改札を出ると、一瞬目を疑うような光景が広がっていた。魔女やお化けに扮した子どもたちが集まっていたからだ。振り返ると、改札から出てくる人の中にも、同じような衣装の人たちがいる。今日はハロウィンの当日だったのだ。近くの人に聞くと、今日はここ山手で「ハロウィンウォーク」というスタンプラリーのイベントが開かれるという。
 これから始まる、われわれのエクスカーションが、このスタンプラリーのコースと同じとは、そのとき思いもしなかった。結果として、行く先々で、小さな魔女や妖怪、フランケンシュタインの群れに遭遇、ハロウィン人口のその多さにびっくりしたのは私だけではなかっただろう。
 さて、この日のコースは、石川町駅→イタリア山庭園(ブラフ18番館→外交官の家)→カトリック山手教会→フェリス女学院大学→山手公園(日本最初の「公」園)→テニス発祥記念館→代官坂上→ベーリック・ホール→エリスマン邸→山手234館→山手外国人墓地→アメリカ山パーク→元町・中華街駅→イタリアンレストラン・パパダビデ(昼食)と盛りだくさんだった。
ガイド役を務めてくれたのはハマ通の中村實さん。とにかく横浜事情に詳しい。どんな質問でも即座に詳しい説明をされる。オフレコだから、ここには書けないが、エリスマン邸裏にある山手80番館遺跡(ブラフ80メモリアルテラス」ではオフレコの話もしてくださった(ブラフは「切り立った崖」の意)。
 エクスカーションの途中、代官坂上では、石川町の由来も教えていただいた。この駅名は、ここに住んでいた横浜村名主(代官)石川徳右衛門に因んで付けられている。地名の重要性を再認識させられた。
 10月最後の日曜日、おかげで素敵な景観浴に浸ることができた。いつか、そぞろ歩きをしてみたい。そう思わせる魅力に満ちているのが山手という空間だ。

■関東都市学会2009年度秋季大会 印象記
工藤 富三夫(上越市創造行政研究所)

 関東都市学会2009年度秋季大会は、「バブル崩壊以降の臨港開発の変遷―港湾利用の変遷と観光都市の創造―」をテーマに、10月31日(土)に横浜市で開催された。日程は、午前に山手エリアのエクスカーション、午後にシンポジウム及び臨海部のエクスカーションである。エクスカーションはいずれも、中村實氏のご案内による。以下、日程順に印象を述べる。なお、要約にはなっていないので、ご了承いただきたい。
 山手地区は外国人居留地の面影を残す住宅・文教地区であり、エクスカーションでは洋館群を中心に回った。この日はハロウィンのイベントでどの洋館も子供やその親世代などでにぎわっており、この地区の異国情緒性を引き立たせていた。また、高台にあるため臨海部の街並みを見下ろすことができ、横浜が港町であることが自然に実感される地区でもある。
 地下鉄みなとみらい線で移動し、シンポジウムは関内地区の関東学院大学で開催された。コーディネーター小林照夫氏による趣旨説明の後、4名のパネリストからそれぞれ報告が行われた。各氏とも上記のテーマに対して独自の視点から事実の整理や考察を行っており、興味深い。
 堀勇良氏は、貴重な歴史的資料を交えながら、横浜港が歴史や観光資源としての価値に配慮しながら整備されてきた経緯を報告された。
堀野正人氏は、建造物等が港町を演出する記号群を創り出し、それらが総体として美化された「港横浜」の観光空間を構成しており、一方で本来港に付随する悪いイメージは「消毒」されているとの考えを提示された。この考え方に立てば、観光客は横浜の歴史や文化に触れているのではなく、テーマパークとしての港の消費者でしかないと言えよう。
 増田文彦氏は、港湾機能の多様化の要請を背景としてみなとみらい建設に至る過程を整理し、横浜の観光客は増加したが実際は訪問地が限られているなどの課題を示された。この課題は、テーマパーク化の論拠にもなり得るが、回遊性の高さが集客にも結び付いているのであろうし、臨海部での圧倒的な観光の強さは、横浜の個性化に資するものでもあろう。
 野原卓氏は、工業港としての横浜港の開発に着目し、京浜工業地帯が単なる生産の場ではなく、時には産業観光の対象であったり、また時にはレジャースポットと、その土地利用を変化させてきたことを明らかにしている。現在のように物流・生産機能とは切り離された観光空間のあり方が唯一のものではないとの視点が得られよう。
 以上の報告に対し、会場からは「地域の文化やアイデンティティの何を残し何を「消毒」していくかというまちづくりのコンセプトはどう作るのか」「横浜が都市として発展していくためには物流面でどのように国際的な役割を果たしていくべきか」などの質問が出され、活発な意見交換が行われた。
 全体を通じて、横浜の臨港開発の評価については直接的には結論を導いていないが、それを検討するための多角的な視点が提示されたと考えている。
夕方のエクスカーションでは、馬車道から赤レンガ倉庫、山下公園を経て中華街までを歩いた。これらの地区は、横浜の歴史が凝縮されている印象を受けるが、特に近年開発された場所については、専ら観光名所として演出されている印象も受ける。この日は土曜日ということもあり、新たに整備された「象の鼻」からの夜景を楽しむ観光客も多かったようである。内陸部に住む市民の感情の問題もあるようだが、港に投資が集中しているからこそ付加価値の高いサービスの提供が可能となっている側面もある。
 最後になったが、格別なご配慮をいただいた中村先生を始め皆様に対し、この場を借りて厚くお礼申し上げる。


エクスカーションの様子

大会シンポジウムの様子
■ 関東都市学会 研究例会を開催しました

関東都市学会2009年度第1回研究例会

【開催日時】 2009年(平成21年)9月20日(日) 15:00〜17:30

【開催場所】 秋葉原ダイビル12階
         首都大学東京 秋葉原サテライトキャンパス 会議室D・E

【報告/報告者】
報告1
地方自治体におけるユニバーサルデザインに関する研究
〜導入計画と行政サービスの実態の検証〜
猪瀬雄哉(常磐大学大学院 人間科学研究科 博士後期課程)

報告2
東京23区における市民参加のゆくえ
〜財政不安と都市開発〜
上野淳子(日本学術振興会特別研究員/一橋大学)

関東都市学会研究例会 印象記
杉平 敦(東京大学大学院博士課程)

 関東都市学会2009年度第1回研究例会は、好天に恵まれた9月20日(日)、秋葉原ダイビル12階の首都大学東京・秋葉原サテライトキャンパスで開催された。報告は、猪瀬雄哉氏の「地方自治体におけるユニバーサルデザインに関する研究」と上野淳子氏の「東京23区における市民参加のゆくえ」の2つであった。ともに、図表を多用しながら自治体の施策状況を分析するものであり、発表資料とは別に詳細なデータ資料が添付された。
 まず、猪瀬氏の報告の概要と感想を述べる。ユニバーサルデザイン(UD)は、最初から全ての人が公平に行政サービスを受けられるようにすることを前提として自治体が行う政策・環境・事業設計である。本報告では、地方自治体におけるUD導入の実態と課題、今後の導入に向けての方向性について、分析と考察が進められた。
 猪瀬氏は、全国の地方自治体を対象としたアンケート調査・ヒアリング調査を自ら実施し、都道府県よりも市区町村でUDへの取り組みが遅れている実態を告発する。そして、UDを導入している市区町村と導入していない市区町村の両者について、財政力指数や高齢化率といった4種類の数値がUD導入状況と関連していると指摘する。その上で、UDには具体性が欠けていて対象も拡散しているという問題を指摘し、今後の普及に向けてUDの認知度や実効性を高める取り組みをすべきと結ぶ。
 会場からは、言葉として「UD」が謳われているかどうかよりも、各自治体にどのようなUD的な施策があるかを分析すべきとの指摘があったが、「UD」という言葉の導入に絞って全国的な調査を行い、一定の傾向を見出したことだけでも、充分に成果と言えるだろう。今後は、1つ1つの自治体がUDの諸要素をどの程度まで導入しているかを分析し、より実情に近い結果を導出するとともに、データの表示方法や解釈を改善し、より説得力のある結論を挙げることが課題となりそうである。
 続いて、上野氏の報告の概要と感想を述べる。1990年代以降の都市計画には、2つの相反する変化が見られる。1つは地方分権化と市民参加の流れ、いま1つは都市計画の規制緩和の流れである。前者は都市計画の権限を都道府県から市区町村に移譲するとともに、市区町村のマスタープラン策定過程への市民参加を必要とするものであり、後者は開発企業への規制を緩め、国が主体となって開発を誘致するという点で、前者の流れに反するものである。本報告では東京23区を対象とし、都市再開発の規制緩和・強化と市民参加への取り組みに着目して、各区の政策の違いが検討された。
 上野氏は、東京23区における都市計画の規制緩和・強化の経緯と現状を概説し、市民参加に積極的な区は都市計画の規制を強化し、消極的な区は規制緩和によって開発を促進するという傾向を見出す。その上で、各区の規制緩和・強化の度合いを数値化し、税収増加率や人口増加率との関連を指摘する。その結果、規制の緩和や強化といった変化には、現状の危機よりもむしろ、危機への〈不安〉が作用していると結論づけている。
 会場からは、データの数値化や解釈に関する質問やコメントが多く、各区の規制緩和・強化とその他の変数との相関を示すための工夫が今後とも必要と思われる。また、一口に23区と言っても各区の内部には規制緩和・強化を導く多様に異なった要因があり、単純に緩和か強化かで割り切れないという指摘もあった。今後の課題として検討の余地はあるが、今回の報告に関しては、それらの差異を括弧に入れた上で、あえて同一の基準で数値化して大まかな傾向を示したことを肯定的に評価したい。


例会の様子
■ 関東都市学会 春季大会を開催しました

関東都市学会2009年度春季大会
【開催日】 2009年(平成21年)5月30日(土)12:30-18:00
【開催地』 専修大学生田キャンパス 10号館3階 10315教室

■自由報告    12:30〜13:50 
金子 光 氏(ノースアジア大学)
「日本の予算制度改革と会計検査」
佐藤 充 氏(法政大学大学院)
「国内の立地動向と立地因子の再検討
         −企業誘致政策の再考に向けて−」
熊澤 健一氏 (中央大学大学院)
「地域活性化がもたらす「入会」の再構築」

■シンポジウム  14:00〜16:40 
「まちづくりを育ててゆく評価とは
              :まちづくりの持続、持続としてのまちづくり」

【解題・司会】 土居洋平(山形短期大学)
【報告】
朝比奈ゆり 氏(財)世田谷トラストまちづくり トラストまちづくり課主任
河上牧子氏 慶応義塾大学産業研究所 共同研究員
橋本正法 氏(特非)地域交流センター理事

【コメント】  朝日 ちさと氏(首都大学東京)、秋田典子(千葉大学)

【春季大会シンポジウム 企画趣旨】
「まちづくりを育ててゆく評価とは:まちづくりの持続、持続としてのまちづくり」
(企画担当研究活動委員:平井太郎)

 「まちづくり」という言葉が、人びとの口にのぼりはじめたのは、1960年代の大都市からであった。高度経済成長の下、各地で急激な都市開発や、それにともなう住環境の悪化が目立ってきていた。それは、産業や国家に主導された環境の変貌でもあった。それに対して、地域住民が、自らの住環境の変化に、より積極的にかかわる方向性が、「まちづくり」では目指されようとしていた。
 以後、その方法論は、住民参加から参画、さらには協働と展開し、住民の役割はますます大きくなってきている。その一方で、「まちづくり」の範囲は、建築環境の改善にとどまらず、福祉の充実や防災・防犯、自然環境の保全や再生、地域の産業活性化や観光の振興にいたるまで、広汎にわたりつつある。そのように、運動の包括性が高まり、利害関係者が複雑化するのに応じて、今日、その「評価」の重要性が増してきている。多様な主体、多様な次元に共有される、一定の客観性をもった指標が、求められているのであろう。
 現在、そうした指標には、2つの有力な選択肢が示されている。1つは、公益性の名の下に、均等であること、均質であることが依然、重視されている。だが、結果として、「まちづくり」が本来、含んでいた豊かさが、ネガティヴ・チェックにかけられ、殺ぎ落とされる懸念も拭い去れない。2つには、効率性の観点から、コスト・パフォーマンスにも関心が高まっている。そこでは、多くの場合、貨幣価値への換算が行われ、やはり、「まちづくり」の視野の広がりが、一つの次元に縮められている。
 これらに代わる対抗的な価値や指標を提示することは、それほど難しいことではない。しかし、「まちづくり」を対抗的な運動に転換してゆくのは、その40年の軌跡からすると、ある種の後退現象でもある。「まちづくり」は、当初、先鋭化した利害対立から出発したが、徐々に、そうした対立を超えて、地域にかかわる多様な主体や次元を、包括する運動に展開してきたからである。
 また、一方で、公益性や効率性による評価から零れ落ちる要素を、あらためて議論することも難しくない。ただ、そうした論点は、あくまで、公益性や効率性が絶対的な指標であることを前提としたうえでの、補完的なものにとどまるであろう。
 こうした隘路をくぐりぬけるのは容易ではない。そこで、今回の討論では、比較的、長いスパンで、「まちづくり」を持続している現場に、手がかりを求めたい。そうした現場では、自らの運動の「評価」について、さまざまな摸索が重ねられ、その摸索のうえに、現在の蓄積が築かれていると考えられるからである。
 逆に言えば、「まちづくり」に今、問われているのは、時間の厚みや奥行きでもある。公益性や効率性といった指標には、基本的に時間や歴史の観念が含まれていない。公益性や効率性が実現されるとしても、そこには本来、少なからぬ時間が介在しているはずである。また、時として世代を超えて、ようやく公益性や効率性が実現されるように見える場合もあろう。さらに、公益性や効率性の内容すら、時期や状況によって同じだとは言えまい。
これに対して、「まちづくり」の豊かさは、それが、40年という時間を経て、徐々に見出されてきたように、一定の持続のうちにこそ宿るのではあるまいか。この視点は、運動の主体とされた住民や市民の側にも、問いを投げかける。あなたの満足や充実感のうちに、過去や未来の人びとの思いが、どれだけ想像されているのかと。
 こうした問題意識の下に、今回の討論では、「まちづくり」の持続的な展開から見えてくる評価のあり方と、また逆に、そうした評価からあらためて見通されてきた、まちづくりのあり方について、イメージを膨らませると同時に、論点を明確にしてゆきたい。つまり、まちづくりと評価とを切り離して捉え、まちづくりの独自な価値を主張したり、評価の方法の精緻化を目指したりするのではなく、まちづくりにポジティヴなフィードバック効果を与える評価のあり方や、逆に、評価という視点を組み込んだときに見えてくる、持続的な営みとしてのまちづくりのイメージを、この討議では引き出したいのである。

【関東都市学会春季大会研究発表・シンポジウム(2009.5.30)の記録】

関東都市学会 春季大会印象記 (自由報告編)
千草 孝雄(駿河台大学)

 2009年5月30日、関東都市学会が専修大学において開催された。ここでは自由報告部門の3報告に関して雑感を述べたい。
金子 光氏(ノースアジア大学、旧秋田経済法科大学 専任講師)の「日本の予算制度改革と会計検査」と題した報告は、我が国の一般会計予算の硬直的な歳出構造を、橋本内閣の行財政改革や小泉内閣の「聖域なき構造改革」における予算編成過程を事例にしつつ、客観的な財政データの解析を基に実証的に分析している。
 具体的には、橋本内閣の下で成立した「財政構造改革法」や、その後の「中央省庁再編」が、縦割り行政の構造的な問題までをも改革するには至らなかった点を、予算編成の概算要求基準段階・決算段階などについて官庁別に詳細に実証分析しており、ファクト・ファインディングとして大変興味深いものであった。また、小泉内閣の予算編成過程の分析においては、歳出構造の大胆な見直しが模索されたにも関わらず、交付税特別会計など特別会計を活用した「隠れ借金」の手法が駆使され財政の透明性が後退した点や、公共事業関係費の硬直的配分の抜本的是正には至らなかった点を解明している。
 国の債務残高が過去最大の860兆円を超える現在、財政の持続可能性を維持することが喫緊の課題であるが、金子氏は財政規律の観点から政策評価に着目し、政策分析の手法である費用便益分析や財政の持続可能性に関する「ドーマーの定理」など、ミクロ経済学・マクロ経済学の理論を用いて論旨展開を行っている点も評価に値する。
金子氏は、外務省において「政策評価の実施に関するガイドライン」の策定や欧米先進国の政策評価手法に関する調査に携わっており、そうした実務経験が報告内容に説得力を与えたものと感じた次第である。
 佐藤 充氏(法政大学大学院)の「国内の立地動向と立地因子の再検討」は、企業誘致政策について、三重県のシャープ亀山工場に焦点をあてて検討を加えたものである。まず佐藤氏は、工場立地に関する先行研究について検討を加えている。第一に立地決定において知識・技術を重視した場合に、いかなる地域を選択するのかは従来の理論だけでは十分に説明できない。第二に、現状では、立地要因として知的資産の重要性を触れるも部分的な把握にとどまり、概念の整理や場所の指向性の分類といった体系的な視点での議論は進んでいない。
 以上を踏まえシャープ亀山工場に関し次のように考察している。第一に、工場立地において、交通インフラや補助金は必要条件であるが、十分条件とならない。第二に、大規模な設備投資であったことから、地域経済に与えた効果は大きかった。特に、亀山市の地域経済に関して、新工場建設による新たな雇用創出が常住人口の増加をもたらし、企業業績の向上により法人税収が大幅に増え自治体財政が好転した点は、今後の地域経済政策を考察する上で参考となる報告であった。
 熊澤 健一氏(中央大学大学院)の「地域活性化がもたらす『入会』の再構築」は、中山間地域における生活基盤である農業集落の共同体的機能を失うことなく、自然環境の維持・管理が可能となる「入会」の再構築に向けた方策を検討したものであった。特に、現在の人口減少社会における地域振興、さらには持続的な経済発展の可能性をも模索した考察は大変興味深いものであった。
 また、入会林野に見られた「総有」という所有・管理形態は、現在、「コモンズ論」の立場からも現代的な意義が評価されつつあり、入会林野の近代化、特に所有権の私権化へのアンチテーゼとして大きな社会的な意味を持つに至っている。熊澤氏は、この「コモンズ論」を援用し、入会林野がいわゆるコモンズとして対象化されるのではないかと捉え、如何にしてその機能を継承・保全するかの課題を阿蘇牧野組合の事例などをも基に多面的に分析しており、今後の「入会」の再構築の方向性を検討する上で
参考になる報告であった。
 以上の3報告とも大変貴重な内容であり、関東都市学会の活動にふさわしい学際的なものであると感じた次第である。

関東都市学会春季大会 印象記(シンポジウム編)
加藤壽宏(関東学院大学)
 学会春季大会のシンポジウムは「まちづくりを育ててゆく評価とは:まちづくりの持続、持続としてのまちづくり」と題して開催され、活発な議論が展開された。企画趣旨は平井太郎氏(土居洋平氏が代役)から説明がなされた。平井氏によると、「まちづくり」という概念は高度経済成長下の1960年代に産業や国家主導による都市開発に伴う住環境の変貌に対する地域住民自らの危惧から生成してきた。その後、地域住民の役割は増大し、「まちづくり」の概念は住環境整備に止まらず建築環境の改善、福祉の充実や防災・防犯、自然環境の保全や再生、地域の活性化や観光の振興にいたるまで、多種多様な住民参加型の活動に発展してきたという主旨のことになる。今回のシンポジウムの3氏のパネリストは、実際に地域住民としてまちづくりに参加し、まちづくりを育てていくなかで、「評価」というものがまちづくりに組み込まれている事例に関しての報告をした。
 まず、朝比奈ゆり氏は、東京都世田谷区における「公益信託世田谷まちづくりファンド」についての報告をした。朝比奈氏によると、「公益信託世田谷まちづくりファンド」が市民主体のまちづくり活動に対して、毎年総額500万円を助成する事業として1992年に開始したとのことである。その原資は区民や企業からの寄付、行政等の出資金が基になっている。助成は「世田谷区を対象とした、住みよい環境づくりにつながる活動」を対象とし、モノづくりや環境づくりなど幅広い方面におよんでいる。これで16年間に200を越すグループ活動を支援した実績を有している。助成の評価基準は、その活動が将来にわたって地域の住みよい環境づくりに貢献しているかどうかにある。例えば、市民緑地、小さな森、地域共生のいえ、まちを元気にする拠点、緑地・公園・都市林、特別保護区、文化財等が保全された身近な広場などが、その対象となっている。
 河上牧子氏からは、横浜市地域まちづくり推進条例にもとづく「ヨコハマ市民まち普請事業」を通しての報告があった。横浜市では平成17年10月から「地域まちづくり推進条例」に基づく市民に身近なまちを、市民と市が一緒に考え、つくり、育てることを推進する協働まちづくりの実現にある。そのための助成は、地域特性を活かした施設整備提案を2段階に分け、公開審査をして、最高500万円の整備助成金を交付するものであった。17年度提案数は31件、採択数7件、18年度提案数は20件、採択数5件、19年度提案数は10件、採択数5件、20年度提案数は10件、採択数4件である。その審査の評価基準は、創意工夫、実現性、公共性、費用対効果、発展性などにある。
 橋本正法氏は地域交流センターの活動を通して報告を行った。「センター」は産官学民の各分野の有志が集まり環境問題を出発点にまちづくりに関わる情報や意見を検討し、実践活動に反映させるために1976年4月に発足した組織である。この「センター」の活動が日常化したことによって、日本リサイクルネットワーク会議、日本エコライフセンター、日本トイレ協会、まちの駅連絡協議会、全国首長連携交流会、提言・実践首長会、全国Eボート連携協会(川の駅)、全国水環境交流会、インフラックス研究会など、様々な組織体が生まれ、各方面で活動している。
 以上3氏の報告に対して、コメンテーターとして朝日ちさと氏と秋田典子氏の2氏が発言した。朝日氏は政策評価の目的と機能について補足説明を行った。また、秋田氏は制度上の問題としてまちづくりには効率性と非効率性の部分があることを指摘した。さらに、フロアからは理念と技法だけでまちづくり論が進められていて、実際のまちづくりの現場との乖離があるのではないのかという意見があった。
 3氏の報告は実践を通して積み上げてきた成果の結集であり、大いに参考になった。また、コメンテーターやフロアからの意見があがった点は、パネリストの論旨をより整理する上で重要に思われた。評価の対象が助成金の交付が目的となってしまっている点などはその一つである。
 今回の議論は、まちづくりの対象が狭義になってしまい、広義に対象を広げていくことも課題となる。つまり、都市形成、行政との関連なども大いに検討すべきことである。住環境問題、社会福祉、少子・高齢化社会、防犯・防災、商店街活性化、過疎地、地域経済再生などを行財政に一任するのではなく、住民参加・主体で行う運動が重要である。兎角、行財政のスリム化に伴い、まちづくりの名の下に行財政の役割を住民に転嫁する傾向がある。行財政を動かしたり、或は監督したり、行財政と住民とが連携していくことが重要である。また、連携していくには、住民の合意形成の度合いが評価基準になるのではないだろうか。それには、時間がかなり必要になるが、住民への周知と運動に対する説明責任とそれに伴う同意への努力と熱意が肝要で、そうしたネットワークを構築していくことだという印象を抱いた。


■ 関東都市学会 研究例会を開催しました

【関東都市学会研究例会】
【開催日時】
2008年3月14日(土) 15:00〜17:30
【開催場所】
財団法人東京市政調査会 5階第1会議室
【プログラム】
報告1 「地域における観光政策の課題と展望」
熊澤 健一 氏(中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程)
報告2 「釜石市のグリーン・ツーリズムとローカル・アイデンティティ」
大堀 研 氏 (東京大学社会科学研究所特任研究員)

【当日の様子:印象記から】

例会参加記
石神 裕之(慶應義塾大学)

 平成20年度関東都市学会3月例会では、例年同様に2つの報告があった。そのうち第一報告に関する概要と、第二報告も含めた若干の所感を述べることにしたい。第一報告は熊澤健一氏による「地域における観光政策の課題と展望」であり、第二報告は大堀研氏による「釜石市のグリーン・ツーリズムとローカル・アイデンティティ」の二題である。
まず前者の熊澤氏の発表について概要を述べたい。高度成長期以降、1990年代までの地域振興政策は、大都市が担ってきた諸機能の分散・展開を図るものであったのに対して、今後の地域政策では地域固有の「資源」を軸として、住民アイデンティティの新たな形成を促進しつつ、横並びでない独自の地域振興を図ることが必要であると指摘する。そして具体的対象として、いわゆる「中山間地域」と呼ばれる範囲に位置する地方中小都市に焦点を絞り、昨今話題のエコ・ツーリズムなど観光開発の視点から、地域資源を活かした内発的発展を目指すとともに、都市と地域との連携関係を構築する必要性を指摘した。
地方都市の活性化において、観光が政策的な中軸をなすのは今日に始まったものではないが、熊澤氏が指摘するように観光事業が観光主体である観光客を十分意識しないまま進められ、開発先行の観光政策が展開してきた。熊澤氏はそうした問題点を地域と都市域の人的交流のなかから克服することを提言している。即ち、単なるエコ・ツーリズムではなく、自然環境の保全・整備などを観光者としての都市住民とともに地域社会が進めていくことで、観光資源化のみならず新たな文化、産業が創出され、内発的発展への基礎が構築されることを氏は期待している。
 熊澤氏の念頭にある中山間地域の地域資源とは、例えば林業や農業といった第一次産業の生産拠点である森林や耕作地などであると思われるが、そうした産業構造を基礎として、観光を取り入れることで、少数人口の中で自然と共生しつつ、付加価値の高い生産システムを構築しようとする考え方に着目する姿勢は評価できよう。また単に交流人口の増加と施設整備を進めるのではなく、観光を軸に、地域住民と都市民との連携を挙げる点も興味深い。他方、留意せねばならないのは、ここで「自然」とされるもののほとんどは「人為」による「人工」のものであり、地域資源として挙げられるものもまた、人間が介在した結果創られたものであるということである。むろん熊澤氏も理解しているからこその提言と思うが、そうした人工の「環境資源」を作り出した林業や農業の振興こそが、それを資源とした観光にも直結するのであり、産業政策と地域振興の総合政策たりえるのである。
 さらに第二報告の大堀氏の報告も含めて、若干のコメントを述べるならば、資源評価という点で、地域内部の評価と外部の評価の喚起は、容易なようで難しい課題である。例えば森林や耕作地、あるいは林業、農業のあり方は、地域内部では日々の暮らしそのものであり、いわば「生活資源」としての評価されるものであるが、外部からは非日常的体験としての「文化資源」として捉えられよう。こうした評価軸の違いを想定しておくことも、地域資源の発見と活かし方のなかで重要となろう。加えて、しばしば地域住民は身近な価値に気づかないといった論調を目にするが、実際には気づいていても経済的有用性や外部で低い評価がされるがゆえに、その価値を低く捉えてしまうだけではないか。自らの価値を無視せざる得ない構造が地域社会や地域政策の中であるとするならば、誠に不幸なことといわざるを得ない。
 地域に活きづく資源とは、経済性や有用性、他地域と異なる独自性という側面ばかりではなく、地域の日々の暮らしや環境にこそ保たれるものであるという、ごく自然な事実を理解さえすれば、地域の資源を活用した観光や地域振興のあり方は、どこか作り物めいたよそよそしいものではなく、もっと地域に根ざした実体の伴うものになるのではなかろうか。なお、各氏の発表内容については、筆者の見解であり、誤読・誤解などがあれば、すべて筆者に責がある。

関東都市学会研究例会印象記<第2報告>
飯嶋誠一郎(法政大学大学院博士後期課程)

 平成21年3月14日、関東都市学会研究例会が財団法人東京市政調査会において開催された。2つの報告があり、2つとも地域の観光がテーマであった。ここでは第2報告の大堀研氏「釜石市のグリーン・ツーリズムとローカル・アイデンティティ」について雑感を述べたい。
 観光立国推進基本法が2006年に制定されるなど、近年観光が注目されている。その注目は、観光が地域の経済的再生ツールとして、また地域の個性創出や地域への誇りや愛着の涵養のツールとして捉えられていることによる。このような傾向には、どのような問題と可能性があるのか。このことを検討することが報告の目的であり、岩手県釜石市で推進されているグリーン・ツーリズムの事例をもとに論じられた。
 釜石市の現況として、人口の減少、高齢化の進展、経済の停滞、財政の悪化、観光客の減少がある。この中で、釜石市役所は、観光を主要な産業として捉え、地域経済への波及効果を促進しようとしている。釜石市において、グリーン・ツーリズムが本格的に開始されたのは1998年で、農業体験、漁業体験を特色とした観光を推進し、修学旅行などを受け入れて一定の成果を出している。しかし、農業体験などの担い手の高齢化のほか、「鉄のまち」のイメージが強く観光地としてのイメージが弱いこと、財政難によって観光資源の整備が不十分なことにより、観光が地域の経済的再生ツールとは成り難いことを指摘している。
 それに対して、グリーン・ツーリズムが地域の個性創出や地域への誇りや愛着の涵養のツールとしては有効であるとしている。ローカル・アイデンティティ、すなわち「地域らしさ」の構築には、地域の自然、文化、歴史を資源として活用し、学びや楽しみのプロセスでもあるグリーン・ツーリズムが適しているとしながらも、釜石市の現状は「鉄のまち」のイメージを「自然」と有効に結びつけるなどのイメージの更新はなされていない。しかし、今後のローカル・アイデンティティの更新に期待できるとしている。一方で、ローカル・アイデンティティやそれへの誇り・愛着の強調は、地域活性化を意識の問題のみに収斂して社会・経済構造の問題を減免してしまう恐れがあると指摘し、さらに、何を愛すべきかあらかじめ決めてしまうような「地域全体主義」に陥らないように、ローカル・アイデンティティを固定的に実体化せずに「常に形成され、変化し続ける」ものと捉えることの重要性を指摘している。
 参加者からは、釜石市において地域活性化のための有効な地域資源が見つかっていないことや地域おこしの市民の存在のことなど、釜石市の現状について質問があった。さらに、グリーン・ツーリズムが、ローカル・アイデンティティに影響を与え、地域活性化のために地域の固有性、内発性を発揮させ、価値観の転換にまで至るにはどうしたらよいか、など今後の展開についても話し合われた。本報告は、どの地域においても関心が持たれ、なおかつ頭を抱える地域活性化というテーマを、グリーン・ツーリズムとローカル・アイデンティティという観点から論じたものであり、たいへんに興味深いものであった。

■ 関東都市学会 秋季大会を開催しました

関東都市学会2008年度秋季大会のご案内
【開催日】 2008年(平成20年)11月22日(土)
【開催地』 千葉県流山市
【主催】 関東都市学会  
【後援】 流山市

【エクスカーション】 テーマ「都心から一番近い森の街・流山を歩く」
【大会シンポジウム】
テーマ「近郊都市の魅力を探る」
会場  江戸川大学 総合福祉専門学校 F101番教室
 基調講演「都心から一番近い森の街・流山を創る」
  流山市長 井崎義治氏
 シンポジウム「近郊都市の魅力を探る」
  コーディネーター 井上繁氏 (常磐大学)
  パネリスト
  國原浩氏  (東神開発(株) 代表取締役)
  ※ 郊外型ショッピングセンターの魅力づくり
  西田良三氏 (流山市 マーケティング課長)
  ※ 流山市のブランド化
  檜槇貢氏  (弘前大学 教授)
  ※ コンパクトシティの進展と近郊の課題
  大矢根淳氏 (専修大学 教授)
  ※ つくばエクスプレスがまちを通る
    ―社会学的調査「社会調査演習・実習」で把握できたこと―

<大会・シンポジウム解題>
 流山市は、典型的な東京の近郊住宅都市として発展してきた。従前から、江戸川の沖積低地面に展開する水田および背後の洪積台地面に展開する森林と畑地という旧来の地域社会と、東武野田線・総武流山線・JR武蔵野線沿いに展開する新興住宅地域との対比が鮮やかであった。
 しかし、中心商業地区の地盤沈下が深刻化し、住宅開発の指向が野田線沿線から、「TXつくばエキスプレス」(2005年8月開業)沿線に移ったことにより、根本的な都市構造の転換を迫られている。周辺都市との地域間競争も激しさを増している。近隣の越谷市では、延床面積37万平方メートルを擁する国内最大のショッピングセンター「イオンレイクタウン」(10月2日開業)を中核施設としたまちづくりが進みつつあり、三郷市でも「新三郷ららシティ」の建設が進んでいる。
 こうした中で、個性豊かな地域性を持続しながら魅力溢れるまちづくりを進めていくにはどのような将来像が必要となるのか、そしてこれを実現するにはどのような発想・仕組み・取組みなどが必要となるのか、様々な視点から、問題の所在を含めた議論を深めることが求められている。シンポジウムでは、近郊住宅都市という古くからの都市類型のなかで、流山が創造すべき魅力的なまちづくりの方向性を整理していきたい。

■2008年秋季大会:流山市「近郊都市の魅力を探る」 印象記
大内田鶴子(江戸川大学)
 2008年度の関東都市学会秋季大会:テーマ「近郊都市の魅力を探る」、が11月22日(土)に開催された。流山市の後援のもと、午前中は市長自らのご案内で「都心から一番近い森の街」を視察した。午後は江戸川大学総合福祉専門学校のホールに会場を移し、つくばエクスプレス沿線の都市開発について議論を交わした。
 流山市は近年まで農村部の多く残る数少ない近郊都市である。水田・畑・森林と屋敷林に囲まれた農家が点在している。駅名「流山おおたかの森」が示すように、貴重な自然が残されている。住宅開発は武蔵野線、東武野田線の沿線に行われ、駒木原と呼ばれる市域の真ん中には豊かな自然が残っていた。このエリアを縦断して野田線と武蔵野線と直角に交わるようにTXが整備されることによって、東西南北の交通がネットワークされ、流山市は都市構造の大転換を迫られることとなっている。開発の進行する只中にキャンパスのある江戸川大学において行われたシンポジウムでは、新たな都市の魅力の創造過程として、都市開発に携わられている様々な立場の方から発言をいただいた。
 TX沿線都市開発は首都圏の長い開発の歴史の中でも、2000年を越えてからの新しい取り組みであるといえる。井崎市長は、マーケティング課を新設し、TX沿線の新都市づくりの都市間競争に臨んだ。流山市の資源である自然を活かしたブランド戦略を構想し、共働き・子供あり夫婦の居住地としての開発を進めている。一般的には地方公共団体の都市政策は全ての市民に喜ばれるように「だれでも何でも」戦略に向いがちであるが、流山市のTX沿線開発はターゲットと目的を明確にしている点で新しさを感じることができる。
流山おおたかの森ショッピングセンターの開発を担当した東神開発代表取締役國原浩氏は、  人口減少、不動産価値の低迷、工場立地の困難な経済・社会状況の中で沿線の開発地が、皆同じように商業で戦わなければならない条件の厳しさを述べた。流山市では、若い夫婦をターゲットとしたエコ・ブランド戦略、グリーン・チェーン戦略でガーデニングクラブや送迎保育ステーションと連携した駅前の賑わい創出の工夫を重ねている。
 弘前大学の桧槙貢氏は、自然環境の保護への取り組み方について、おおたかのような、守るべき価値が明確に見えていることで、マーケティングという新しい手法を効果的に取り込むことができていると評価した。遠隔地からの視点でみると、流山市は資源や条件に大変恵まれていて羨ましいが、これまで市の歴史をつくってきた市民の支えが十分に認識されておらず、生かしきれていないこと、予算の投入面での工夫が足りない、など意見を述べられた。
 いまだ交通の計画段階の駒木原で、常磐新線反対運動が繰り広げられていた時期に、江戸川大学で教鞭をとっておられた大矢根淳氏は、都市開発の「際=キワ」に取り残される人々の存在について意見を述べられた。TX沿線開発は土地区画整理事業によって実施されたが、複雑な制度を関係住民に周知徹底できないまま施行段階に入り、行政と住民のコミュニケーションの行き違いや政治政党の介入によって、合意形成が困難になった。少なからず「犠牲者」を生み出した開発の裏面について示唆をいただいた。
 なお、江戸川大学は土地区画整理事業を受入れなかった集落に隣接していたため、キャンパス周辺は現在も緑豊であり、昔の面影の残る集落の小道を通学に使わせていただけていることを、新たに学ぶことができた。

■秋季大会印象記
麦倉哲(早稲田大学地域社会と危機管理研究所・客員研究員)

 2008年度秋季大会は流山市諸施設と江戸川大学を舞台に開かれ、「都心から一番近い森の街」というスローガンを掲げる流山市が推進する、近郊都市活性化の施策をめぐって、活発な議論が展開された。
 午前中のエクスカーションでは井崎義治市長自ら案内役を務め、午後の基調講演でも、市長の掲げる、流山市活性化政策のポイントが紹介された。学術研究・交流のために、まる一日のスケジュールをとっていただいた市長には感謝したい。ここでは、講演やシンポジウムで語られた流山市の都市戦略のポイントと論争点を私なりに整理し、大会の印象記としたい。
流山市の都市活性化戦略の根幹は、今後、流山市に転入してほしい住民象を、鮮明に描いていることである。その第一の特徴は、DEWKSである。共働きで子育て時期を迎えているファミリー層である。その第二は、住環境の質やエコロジーに関心をもつライフスタイル層である。
流山市は、つくばエクスプレス(TX)の敷設を契機として、都心からの空間的配置が激変し、急激な市街化開発と人口増が見込まれている。全国の自治体が縮小化の課題を抱えているのとは正反対に、自治体の人口規模と財政規模の拡大に対応していくことが予測される。一見して、うらやましい自治体である。
 市長はこれを契機にとらえ、ただでさえ開発が進み人口増が見込まれる地域であるだけに、この市場をたくみに誘導しようとしている。共働きの子育て環境の整った街、エコに配慮した居住環境の質の高い街という線で、イメージアップを図っていることである。しかし、こうした政策を推進するにしても、基礎的自治体が管轄する権限の範囲も予算も限られているので、民間の開発事業者と連携し、市のイメージ戦略に沿った市場誘導をはかろうとしている。
 その第一が、駅前再開発事業であり、その象徴ともいえる、流山おおたかの森駅前の、ショッピングセンターに、1ランク上のテナントを誘導するように指導し、DEWKSファミリーを意識して託児送迎ステーションを整備し、駅前デパートには子供連れで出かけやすいようにベビー休憩室やキッズルーム付きのレストランを配置するように誘導している。休日も開業する市の出張所もある。筆者は、学会の2週間後、妻と一緒にゼロ歳児を連れてここを訪問したが、ベビー休憩室はとても使いやすかった。難点は、サインが分かりにくいこと。
 その第二が、グリーンチェーンという戦略で、市街地開発が地球温暖化を促進することがないように、建物の周りには建物よりも背丈の高い樹木を植えるように奨励している。こうした条件を満たすには、一戸当たりの宅地面積も小さくできないのでコスト高となる。しかし、そうした家並みが、資産としての価値も高めていく。開発事業者を強制することはできないが、市は評価ランク(グリーンチェーン認定・三つ星)を与えることにより、誘導している。
 市が想定する住民は、ある程度裕福なファミリーである。そうしたファミリーを誘致することが、市の住民税収入の増加に貢献するという想定を市はしている。市の戦略は、行政コストを一定限度に抑えつつ、将来の財政状態の安定化を見込んでいる。ばら色のようである。
 シンポジウムでは、衛星都市という位置づけで市の発展象を描いてよいのか、市の財政はこれまで危機的であったが職員人件費などご今後どうしていくのか、常磐新線に反対していた住民は開発政策に満足していないのではないか、グリーンチェーンと防犯の環境整備とのかねあいはどうか、外部からのブランド事業者誘致ばかりでなく地元の事業者の活性化策はどうなのか、などの論議や質問が出された。
 今後の流山市の政策展開に注目が集まる。最後に。会場を提供してくれた江戸川大学には感謝したい。


大会シンポジウムの様子

エクスカーションの様子

■ 関東都市学会 研究例会を開催しました

【関東都市学会研究例会】
【開催日時】
2008年9月20日(土) 15:00〜17:30
【開催場所】
慶応義塾大学三田キャンパス 南館5階D2051会議室
【プログラム】
報告1 「地域における異文化の受容
―GHQ職員ブレイクモアの生涯とあきる野市との関わりについて」
飯嶋 誠一郎 氏(あきる野市役所/法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程)
報告2 「プライヴァシー概念の導入と変遷」
杉平 敦 氏(東京大学 大学院総合文化研究科 国際社会科学専攻 博士課程)

【印象記】

関東都市学会研究例会 印象記 <第1報告>
石井清輝(城西大学)

 平成20年9月20日、関東都市学会研究例会が慶応大学において開催された。ここでは、飯嶋誠一郎氏、「地域における異文化の受容―GHQ職員ブレイクモアの生涯とあきる野市との関わりについて」の報告について雑感を述べたい。
 報告では、トーマス・ブレイクモアの生涯に関する詳細な解説と、ブレイクモアとあきる野市との関係を踏まえた異文化受容のあり方、地域興隆の方法についての考察がなされた。ブレイクモアは、1915年にアメリカに生まれ、日本の憲法と法律の研究をするために1939年から1941年まで日本に滞在した。終戦後の1946年には、アメリカ国務省の外交官助手の一員として再来日し、GHQ民生局への移籍後は日本の法律整備に携わった。勝者であるアメリカとその支配下にあった日本とでは、歴然とした力の差があった。アメリカ法を押し付けることが日本の民主化につながると考えるGHQに対し、日本の将来を案じ、日本の良さを理解するブレイクモアは、日本にとって最善の道を選ぶため両者の調整役を担っていた。そのため彼は、「ジャップの助っ人」と罵倒されたという。占領終了後は、弁護士として欧米企業と日本の仲介役として活躍し、フライフィッシングの釣り場、果樹栽培の実験農場などをあきる野市に開設し、1988年の離日まで日本人との交流を続けたという。勤勉で努力家でありながら、ユーモアと周囲への気遣いを忘れないブレイクモアの人柄が浮かび上がる報告内容であった。
 異文化受容と地域興隆のあり方については、主にブレイクモア個人の取り組みとあきる野市との関係を中心に報告がなされた。まず、ブレイクモアがあきる野市に1955年に開設した養沢毛鉤専用釣場では、入場料の1割を地元自治会に還元するという仕組みが守られた。ここから、ブレイクモアに頼らず、自分たちの自治会で釣り場を経営していこうとする自立心が形成されていった。但し、運営形態や収益金の使用法については自治会内でも議論されているところだという。ブレイクモアは、1976年に農事試験場(兼別荘)も開設している。この試験場は、実業界、法曹界、研究者、学生などが多く訪れ、交流の場として機能していた。地域興隆という観点からは、釣場と試験場が運営者を替えて引き継がれており、人や情報の交流、発信の場になっているという。最後に、これらの遺産が、出会いを形作り互いの理解を深める場として、地域興隆の基盤を形成するのではないか、という今後の展望が述べられた。
 ディスカッションにおいては、まず、異文化の受容過程を、既存の地域文化との葛藤や緊張を持った動態的な過程として把握することができるのかどうか、その方法論にはどのようなものがあるか、という問題提起がなされた。また、海外の日本研究者の個人史を描く際にしばしば用いられる、公定的な歴史像に関する問題などが議論された。
 報告を伺って、異文化受容や地域興隆を考える際に、中心となるリーダーの個人的資質を理解することの重要性を再認識した。また、リーダー層のパーソナリティの分析に加え、当該地域が有する文化の変容過程や、地域興隆を通じた新たなつながりの生成過程などを伺いたいと感じた。他の地域社会の事例との比較分析やリーダー層の類型化など、今後の展開の可能性を示唆する貴重な報告であった。


関東都市学会研究例会印象記 <第2報告>
中村千恵(飯能市役所)

 去る9月20日の研究例会の第2報告、杉平敦氏の「プライヴァシー概念の導入と変遷−1903年以来の居住の理念−」について、その概要と雑感を記すこととする。
 今回の報告で杉平氏は、そのねらいを戦後の住宅政策で唱えられた「プライヴァシーの確保」という目標がその当時と現在とではどのように異なっているのかを明らかにする、としている。
 その際、ここでプライヴァシーを取り上げるにあたり注意すべき点は、現代を生きるわれわれの生活を支える理念がいつの時代、どのような社会的背景から登場し、当時の人々が目指したものとはどのくらい異なるのかについて明示することにより、どのような差異が生じているのかわかるというものであった。
 「プライヴァシー」というととかく戦後のものと考えられがちであるが、日本住宅史上で「プライヴァシー」という言葉が用いられた最初期の例として、杉平氏は1903年に『建築雑誌』に掲載された滋賀重列の「住宅(改良の方針に就て)」があることを指摘し、その滋賀の言葉を引用することによって、ここで扱う「プライヴァシー」の概念について考察している。さらに、その言葉の意味とその内容について時代の流れとともにどう変わっていったのか、を具体的な図や引用を交えて見ている。結論を言うと、氏は戦前、戦後、現在に至るまで住宅を論ずる際に用いられる「プライヴァシー」という言葉の意味は変わっておらず、その確保される主体だけがそれぞれの時代背景とともに変化していっただけではないか、と述べる。
 それを論証するために、20世紀全体を5つの時期に分割し(具体的には第1期を1915年前後、第2期を1920年前後、第3期を1923年前後〜1955年前後、第4期を1960年前後〜1970年前後、第5期を1975年前後〜に分割)その時期の特徴を見ていき、それによって論拠を示した。「プライヴァシー」の意味自体はこの100年の間同一の枠内を揺れ動いていただけではなかったのか、と氏は結論付ける。
 当日、会場内では「今回の発表で居住者層を公営住宅に限定したのはなぜか?」「プライヴァシー概念は東京全体ですべておなじであったか?」「プライヴァシーと家屋の間取り設定についてどう捉えているのか?」「子供部屋の独立化は本当にプライヴァシーの確保につながるのか?」等々さまざまな議論・質問が出された。また、本発表の根幹である「プライヴァシー」の意味については、滋賀の論にあったような意味は元々英語にはない、との指摘もあった。
これらに対する氏の回答としては、個人所有住宅には触れず対象を公営住宅に限定したこともあって、明確な答えは得られなかった。また、プライヴァシーの概念は東京の中でも地域差があるかもしれない点や、子供部屋の独立はある意味商業用の販売促進に乗せられてしまったのも否めない点等も含め、氏の今後の展開に期待したい。
また、本発表ですばらしかった点は、今日我々の生活の中でプライヴァシーが声高く叫ばれる中で、その生活スタイルを住居の形態という観点から追求するというきわめて斬新な視点を提供している。
 今回会場内で出された意見も踏まえて、今後本報告が大きな広がりを持ったものになっていくことを大いに期待される。

■ 関東都市学会春季大会が開催されました

【日 時】    2008年5月31日(土) 13:00〜17:20
【場 所】   玉川大学  大学5号館 2階 249教室
【プログラム】
□ 自由報告   13:00〜14:00 
金子光 (東京大学大学院)
「日本の予算編成過程―政策評価の観点から―」  
外川伸一(山梨学院大学) 
「国家ガバナンス論のローカル・ガバナンス分析への適用可能性に関する考察―ネットワーク型ガバナンス論と修正タイプの新制度論的ガバナンス論―」  

□ シンポジウム 14:10〜17:00 

            
シンポジウム詳細はこちら(PDFファイル、211KB)


「災害」研究の新しい地平:
「事前復興」「回復=復元力resilience」概念と現代都市

【解題・司会】
 大矢根淳(専修大学) 
「災害をめぐる研究における「新しさ」とは何か」

【報告】
浦野正樹(早稲田大学)
「災害をめぐる新たな想像力:社会の「回復=復元力」について」

吉川忠寛(防災都市計画研究所)
「「事前復興」という新基軸:阪神・淡路から東京へ」

福留邦洋(新潟大学)
「回復=復元力」「事前復興」概念と現場実践
:中越・中越沖から東京へ」

【討論】 司会 大矢根淳  「災害研究における新しい争点」

総会     17:05〜17:20 
懇親会    17:30〜19:30

【春季大会シンポジウム 企画趣旨】
平井太郎 + 研究活動委員会若手作業部会

 13年前。阪神・淡路大震災。それは、高度化した現代都市において、100万人単位の人びとが被災した、衝撃的な出来事であった。「防災」に関心をもつ人びとは懸命に、この出来事から何かを学びとろうとした。その後も現在まで、災害はさまざまなかたちで打ち続いている。そしてそのたびに我々は、これまでの「防災」のあり方を根柢から問われ、学びを繰り返すのに追われている感がある。
 ただ、阪神・淡路の経験は我々に、「防災」のあり方ばかりでなく、考え方そのものを問いかけたのではないか。「防災」というとき、たとえば地震といった自然力の、瞬間的な衝撃力ばかりに目が向きがちである。しかし「災害」とは、そうした自然力が爆発する瞬間だけでなく、そのはるか前から、目に見えないかたちで蓄積されてきた、さまざまな社会の矛盾の噴出であり、逆に社会の知恵が試される刻でもある。また「災害」とは、自然力の爆発そのものの記憶が薄れた後も、長く我々一人ひとりや社会に、肯定、否定とりまぜた痕跡を残してゆくものでもある。そのように災害を、過去や未来に延ばした、長い時間軸で捉え返す――阪神・淡路の経験が我々に教えたのは、そうした新しい考え方ではなかったか。
 このような問題意識から、どちらかと言えば瞬間を問う「防災」研究から、過去と未来を視野に入れる「災害」研究へ、という新しい地平が切り拓かれつつある。そうした研究の展開にしたがって、人びとの生活のレベルや政策・計画のレベルでも、「社会の回復=復元力」や「事前復興」といった、新しい考え方が広がりつつある。
 今回のシンポジウムではまず、このような「防災/災害」に対する新しい捉え方の潮流について、研究の最前線に位置する方がたから解説を得たい。そのうえで、政策・計画や生活復興の現場で活躍する研究者に、そうした新しい考え方がどのように応用されているかを問い、研究理論と実践応用との応答を試みる。
 同時に、一連の解説と応答でつねに念頭に置かれるのは、「東京」である。東京では近年、「事前復興」の考え方をとり入れた、新しい防災計画が打ち上げられつつある。それが本当に阪神・淡路の経験を昇華させたものなのか。東京で災害と遭遇するかも知れない人びとは、「事前復興」と言われたとき、どのように考え方を新たにせねばならないのか。また、混在と流動化が進む現代都市・東京で、「社会の回復=復元力」とは、どのように測られ、また図られるものなのか、そもそも、東京においてどれくらい有効な考え方なのか。極度に高度化した都市・東京は、研究と実践の新たな試みに、つねに巨大なアポリアとして立ちはだかる。
 また、災害の経験や研究には、次のような本質的な難問もある。それは、災害という出来事が想像を超えたものであるだけに、災害に遭遇していない人びとに伝えることが難しいという問題である。もちろん、建築・土木技術や政策・計画といった「工学」では、出来事をたとえば数値に置き換え、伝えたり共有したりできるように見せるかも知れない。だが、もっと生きる実感のレベルで、災害の経験や研究を分かち合えないのか。おそらくそのためには、数値による変換ではなく、「想像力による架け橋」が求められるであろう。「防災」を「災害」と捉え返そうとする研究の新しい地平に期待されるのは、こうした、人と人の実感をつなぐ想像力を豊かにする手がかりである。

【当日の様子−印象記から−】
「関東都市学会:春季大会印象記(自由報告編)」
金子 憲(首都大学東京)

 平成20年5月31日、関東都市学会春季大会が玉川大学において開催された。ここでは自由報告部門における金子 光氏「日本の予算編成過程−政策評価の観点から−」、外川 伸一氏「国家ガバナンス論のローカル・ガバナンス分析への適用可能性に関する考察」の報告に関して雑感を述べたい。
 まず、金子 光氏の報告は、客観的な財政データの解析を基に、財政学のみならず行政学の研究をも踏まえて「行財政改革」の背景や問題点を指摘している。具体的には、これまでも歴代内閣によって「行財政改革」はたびたび唱えられてきたが、現在、日本の国家的課題として必要な行財政改革について、その発端である第一次臨調(1962年〜1964年)、第二次臨調(1981年〜1983年)、橋本行革の内実を振り返って考察し、そこから今後のより望ましい改革のあり方を、政策評価の観点から分析している。
 特に、橋本内閣の下で成立した「財政構造改革法」(1997年)や「中央省庁再編」(2001年)が、一般会計予算の硬直的な歳出構造や「縦割り行政」の構造的な問題までをも改革するには至らなかった点を、官庁統計を含む既存統計などを基に多角的に実証分析しており、その分析結果は大変興味深く、論旨展開に説得力を与えている。
 また同様に、第二次臨調後、大蔵省が概算要求基準段階で採用した「シーリング方式」は、1983年度から5年連続で一般歳出の伸びをゼロないしマイナスに抑え、予算総額の抑制策として成功したかに見えるが、この「シーリング方式」による予算編成とともに「隠れ借金」による歳出の繰延べ措置が乱用された点や、「縦割り行政」や予算構造の硬直化を招いた問題点を、財政データの丹念な収集・解析により様々な観点から考察し明らかにしている。
 以上の点は、慶應義塾大学の藤田教授も当日講評されており、このように金子氏の研究は既存の対立する仮説や通説、さらには政策上の課題を取り上げ、財政データを基にした実証分析を政策提言に結びつけるものであり、現在の日本の行財政改革のゆくえを考察する上で非常に示唆に富む内容であった。また、参加者からのコメントにもあったように、金子氏の外務省での実務経験も同氏の論旨展開に説得力と厚みを加えたものと感じられた次第である。
 次の外川 伸一氏の報告のキーワードは「ガバナンス」である。ガバナンスという用語は各方面で使われ、多くの研究者が実に多様な観点から論じている。「ガバメントからガバナンス」への転換は時代の流れであるが、本報告は極めて明確な問題意識に基づいたガバナンス分析であった。特に、国家ガバナンス論における2つの有力な理論であるネットワーク型ガバナンス論と新制度論的ガバナンス論を紹介しながら、これらの理論のローカル・レベルへの適用可能性についての考察は特筆すべきものである。
 また外川氏は、ガバナンス構造の変化も明らかにし、1980年代以降、市場やネットワークがガバナンスにおいて重要な位置を占めるようになった点を歴史展開を中心に描き出している。さらに本報告は、NPM的ネットワークや相互依存関係をどう捉えるか、自治体政府とその政策をどう位置づけるかなどの興味深い問題をも明快に整理した貴重な報告であった。
 外川氏の指摘の通り、国家レベルのガバナンス論をローカル・レベルへ応用しつつ、ローカル・ガバナンスの「分析理論」を漸進的に構築していくことが肝要である。本研究はそのための契機を与えており、ネットワーク型ガバナンス論と新制度論的ガバナンス論の融合につながり、なおかつ、わが国の行政学及び地方自治論におけるローカル・ガバナンス理論の発展に資する大変意義あるものと思われる。
 両氏とも貴重な報告内容であり、関東都市学会の活動にふさわしい学際的なものであった。

「春季大会印象記(シンポジウム編)」
田中 傑(芝浦工業大学)

 前段はまず、大矢根先生と浦野先生が日本における災害研究の歴史を述べたあと、吉川先生と福留先生が災害対応の現状を紹介した。
 大矢根先生は日本における社会科学的な災害研究が1964年の新潟地震からスタートし、1979年の中央防災会議による東海地震の想定震源域の提示を契機として災害と防災情報のあり方に関する研究が、また1980年代以降の大規模ホテル火災や雲仙普賢岳噴火を契機として防災システムや災害への中長期的な対応のあり方に関する研究がそれぞれはじまり、その後、1995年の阪神淡路大震災を契機として研究領域が一挙に拡大したこと、近年は災害研究が対象とする領域が災害因の時間的な前後にひろがり、それにともなって過去の災害が社会に対して如何なるインパクトを与えたのかを歴史的教訓として捉えようとする動きが現れはじめたという整理を行った。
 浦野先生は災害研究における阪神淡路大震災の歴史的意味を、われわれが過去に経験したごく基本的な地震災害のパターンをとったためにこそ、地震による破壊そのものではなく生活再建を可能にする条件や枠組みに対する注意を向けさせ、同時に災害に対する地域社会の脆弱性を浮き彫りにした点にあったと述べ、他方、自身がアメリカのDRCで在外研究をした際に見聞したハリケーン・カトリーナの事例をひきながら、災害への対応システムをいかに合理的に設計しても「減災」には限界があること、その点で地域社会のリスク対応力を高めておく必要性があることを指摘した。
 吉川先生は自身のこれまでのコンサルタントとしての業務経験から、日本の復興行政が阪神大震災以降、かなり多義的なところまで扱うように変容しながらも、現状ではハード面の復興(行政が用意するポジティブな復興)を志向する論理が依然として強いとし、そうしたポジティブな復興ではなく、むしろネガティブな復興を探る想像力(創造力?)の必要性を指摘した。そして、このネガティブな復興シナリオからこそ、「事前復興」がスタートする、と述べた。福留先生は中越および中越沖の二つの震災に際し、商店主たちが行政側の動きの鈍いなか、まちづくりのビジョンを自ら考え、そこに専門家が色をつけるという「物語復興」を実践した柏崎市えんま通り商店街の事例、濃密な血縁関係がのこる農村社会における復興公営住宅のあり方など、より具体的な話題を提供した。
 後段のディスカッションでは1)「防災」の領分が部局主義のために限定されてきたこと、2)その防災セクターが復興を担当するため、事前復興が都市計画のなかに位置づけられていること、3)「事前復興」が都市計画事業推進のためにする議論になってしまわないために「防災」と「事前復興」の重なる部
分、重ならない部分を峻別すべきこと、4)現在のような右肩下がりの社会情勢で何を評価軸に据えて復興のあり方を模索すべきか明らかではないこと、5)地域の回復力を考える際、経験的には住民間の信頼関係がカギとなることなどが議論された。
 「災害復興の新しい地平」という抽象的なテーマ設定ゆえ、各議論が発散気味という印象を受けたため、別の機会に個別的・具体的テーマに絞っての議論を聞いてみたいと感じた。



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